こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

「明智光秀『再発見』の物語」司馬遼太郎著『国盗り物語』(4)織田信長<後編>(新潮文庫)

国盗り物語』が「サンデー毎日」に連載されたのは、1963年から1966年のことだ。当時、裏切者として悪名高い明智光秀を、歴史や伝統に関する教養が深く、軍事面や民政面でも優れていた武将として「再発見」したことは、相当新しいことだったのではないだろうか。

悪名高いといえば、斎藤道三もその一人だ。「あとがき」によれば、道三の子孫は静岡県に住んでいるらしいが、その家の人々は子孫であることをあらわにしたがらなかったという。『国盗り物語』によって、死後の悪名を着ることになった斎藤道三明智光秀に対する評価は見直されたはずだ。織田信長も含めて、器の大きさが半端ない。

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司馬遼太郎著『国盗り物語』(4)織田信長<後編>(新潮文庫

ざっくりした内容

足利義昭を将軍として擁立し、室町幕府再興したいと考える明智光秀。しかし、義昭の保護者が見つからない。周囲は才能のない奴ばかりだ。光秀はついに、「天才」織田信長に仕えることを決意する。信長なら義昭を京に連れて行き、将軍に据えてくれるだろう。その権威によって信長は天下を望めばいい。光秀は義昭と信長の橋渡し役として、二人の主君に仕えることになったのだった。

*京の松永氏・三好氏を蹴散らして義昭を征夷大将軍の座につけた信長。ところが義昭は信長の「人形」であることに飽き足らず、権力が欲しいと言い出した!こっそり反織田勢力を組織する義昭。信長は義昭に大激怒して、ついに義昭を追放してしまう。一方、光秀も義昭にはとっくに愛想がつきていた。室町幕府再興のために義昭を担ぎ出したものの、義昭はその器ではなかったとしみじみ感じるのだった。

*織田軍は快進撃を続け、天下を取るまであと一歩というところまで行きついた。そうなると、自分の座を脅かしそうな有能な部下はもう必要ない。織田家を支えた功臣たちが次々と追放され、その魔の手はついに光秀にまで及ぶ。いきなり自分の領地を取り上げられ無禄となった光秀は、信長に対してついに反旗を翻す。「敵は本能寺にあり!」

かんたんレビュー

斎藤道三の天下統一の夢は、織田信長明智光秀という、ふたりの愛弟子に受け継がれた。ところが、このふたりの性格は対照的で全く気が合わない。明智光秀教養主義者である一方、織田信長は教養には全く関心がなく、伝統に縛られない独創性を重んじる。

しかし面白いのは、ふたりは心の底では「虫が好かない」と思いながらも、互いの持つ才能を誰よりも評価していることだ。嫉妬しているといってもいい。互いの才能に惚れ込んでいるからこそ、必要以上に互いを意識し、憎しみも人一倍になってしまう。こうしたライバル関係の人間ドラマが面白くないはずがない。

ところが、信長は晩年になるとパワハラがひどくなり、以前にも増して部下をこき使うようになったり、暴力をふるったりするようになる。反織田勢力を蹴散らして余裕が出るようになると、今度は自分の勢力を脅かしそうな功臣たちをバサバサと切っていくのだ。光秀の場合はといえば、自分の所領(近江・丹波)をいきなり取り上げられ、収入がゼロになってしまうのだ。「自分の所領が欲しければ、毛利軍から出雲と岩見を切り取ればよろしい」とも。もともと信長の常軌を逸したパワハラぶりに疲れていた光秀だったが、この一件でついに堪忍袋の緒が切れた。「敵は本能寺にあり」だ。

光秀の謀反と聞いて、信長は「是非に及ばず」と、あの有名なことばを発する。これに余計な解釈を付け加えていないところが、とてもいい。最後まで乾いた描写が続くところがこの小説の魅力だ。余計な反省や回想をしないところが信長らしくていい。

 

斎藤道三織田信長明智光秀も滅んだ。天下取りの野望は豊臣秀吉へと受け継がれる。次は『新史太閤記』に取り組みたい。

 

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「新秩序を追い求めた織田信長vs旧秩序の復活を志向した明智光秀」司馬遼太郎著『国盗り物語』(3)織田信長<前編>(新潮文庫)

物語後半の主人公は、斎藤道三から、織田信長明智光秀に移っていく。織田信長は道山の娘・濃姫の婿であり、明智光秀は道三の正妻・小見の方の甥にあたる。道三はこのふたりの才能を高く評価した。「わしは一生のうちずいぶんと男というものを見てきたが、そのなかで大器量の者は、尾張の婿の信長とわが甥(義理の)光秀しかない」と。織田信長明智光秀の運命は誰もが知っている。よりにもよって、そのふたりを斎藤道三が認めていたなんて仕掛けはあまりにも絶妙すぎる。

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司馬遼太郎著『国盗り物語』(3)織田信長<前編>(新潮文庫

ざっくりした内容

*クーデターを起こし、美濃を征服した斎藤道三。だが今まで土岐氏に仕えていた美濃勢は黙っていない。だから、表向きは義理の息子(実は土岐頼芸の子)の斎藤義竜(よしたつ)に家督を譲ったことにして、実権だけは手放さないという形を取った。ところが、道三と義竜は反りが合わない。お互いの悪感情はもつれにもつれ、ついに大爆発を起こし、義竜はクーデターを決行する。義竜と戦った結果、道三は死ぬ。だが道三は娘婿の織田信長に向けて、「美濃を譲る」という遺言状を書いていたのだった。この譲り状を受け取った信長は狂ったように援軍に向かうが、間に合わなかった。

織田信長は、織田の本家を蹴散らし清州城を手に入れ、尾張を統一した。桶狭間の戦いでは、イチかバチかの作戦で今川義元を打ち破り、うなぎ上りに実力をつけていく。あとは美濃を攻略して、道三の遺言を果たすのみだ。だが、斎藤義竜は戦に強く、信長は連戦連敗。ところが、信長は思わぬ幸運に助けられ、美濃を手に入れることができる。難敵・義竜が卒中で突然死してしまったのだ。バカ息子の義興は怖くない。美濃の竹中半兵衛を味方につけることができたこともあり、信長は美濃を攻略した。

斎藤道三の味方だった明智家の人々は、道三が死んで没落。明智光秀は牢人となり、貧乏のどん底を味わう。しかし、教養豊かだった光秀は、足利将軍義輝に接触し信頼を勝ち取ることに成功する。光秀の夢は足利将軍家を再興させ、旧来の秩序を取り戻すことにあった。そんな折、京を牛耳っていた大名・松永久秀の謀略で、義輝は暗殺されてしまう。義輝の代わりに、自分たちの操り人形となってくれる将軍を立てようという思惑だ。そうはいかない。光秀は細川藤孝とともに、義輝の弟・覚慶(のちの義昭)を将軍を擁立し、足利幕府を再建しようとする。

かんたんレビュー

この巻で読む明智光秀は新鮮だ。土岐家の支族・明智家という名家に生まれ、教養豊かで、当時新兵器だった鉄砲の技術もあり、15代将軍足利義昭の信頼を勝ち得た男。そして、「天下を治めるのにふさわしい男は、信長ではなく自分だ」と信長への対抗意識に燃えている男でもある。だが、光秀の野望はあくまでも足利幕府の再興であり、旧秩序を復活させることで、乱世を治めようとするものだった。新しい秩序を追い求めた織田信長とは対照的な人物として描かれている。

織田信長の描き方もいい。斎藤道三が信長に興味を持ち、美濃と尾張の国境付近で会見する場面がある。会見の前に、道山は信長の姿を見ておこうと町に出る。道三が目にしたのは、腰にひょうたんをいくつも結び付け、背に極彩色の大きな男根を描いた浴衣を着て馬にまたがっていた信長の姿だった。あきれかえった道三は「向こうがあんな格好なら、こちらも正装をする必要はないかな」と思い、平服で会見に臨む。ところが会見場で道三はあっと驚く。目の前に現れたのは、髪をつややかに結い上げ、れっきとした正装をした織田信長の姿だった。この信長の登場の仕方がカッコいい。

斎藤道三織田信長を高く評価し、最期には美濃一国の譲り状まで送った。密書を受け取った信長の驚きは計り知れなかった。

遺書である。

しかも、美濃一国の譲状であった。読み終わるなり信長は、

「ま、まむしめっ」

と世にも奇怪な叫び声をあげた。信長は立ちあがった。蝮の危機、蝮の悲愴、蝮の末路、それは信長の心を動揺させた。それもある。しかし亡父のほかはたれも理解してくれる者のいなかった自分を、隣国の舅だけはふしぎな感覚と論法で理解してくれ、気味のわるいほどに愛してくれた。その老人道が、悲運のはてになって自分に密書を送り、国を譲る、というおそるべき好意をみせたのである。これほどの処遇と愛情を、自分はかつて縁族家来他人から一度でも受けたことがあるか。ない。

と思った瞬間、

「けーえっ」

と意味不明な叫びをあげていた。(『国盗り物語』(3)P232-233)

 子どもの頃は「たわけ殿」と言われたとか、気が短くて恐れられたとか、血も涙もない人間ように伝えられている織田信長が、こんな感情豊かな男として描かれているのだ。こうした人間くさいところが、なんともいい。

 

ところで、斎藤道三編とはうってかわって、第三巻の織田信長編からは有名な武将の名前が数多く登場する。彼らのエピソードも興味深い。

 

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「全訳を読めば、清少納言の魅力がわかる!」石田穣二訳注『新版 枕草子』(上・下)

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石田穣二訳注『新版 枕草子』(上・下)角川ソフィア文庫


若いお母さんたちには腹が立つ。あちこち散らかす子どもをほったらかして、おしゃべりに夢中になっている。たいした注意もせず、「そんなことしちゃだめだよ~」とか笑顔で言っているだけ。どうかしてないか?


これは私が言っているのではない。『枕草子』147段のざっくりした内容だ。だが、こんな苦情を現代でも耳にしたことはないだろうか。平安時代は歴史上でいえば「古代」に分類されるくらいの大昔だが、平安の世も現代の世も、人間はあまり変わらないという発見が『枕草子』にはある。

「イケメンのお坊さんの説教だったら夢中になって聞くけれど、ブサイクなお坊さんの話はあまり聞く気がしない」(30段)とか、「人の悪口を言っているのを聞くと、すぐに怒り出すヤツって、いったい何なの。人の悪口で盛り上がるのって、すごく楽しいじゃない!」(255段)とか、「元カノの話をする男って最低。しかも元カノをほめるなんてもってのほか」(251段)とか。

本音満載だ。なんというか、もう、笑えてくる。


彼女は高級官僚だった。中宮定子にひたすら仕えた。宮仕えの人間関係も、会社の人間関係並みに面倒なものだったこともわかる。
たとえば、清少納言のちょっとしたことばに過剰反応する男が登場する話がそうだ。清少納言のことばを自分勝手に皮肉ととらえ、「もうあんたとは絶対に口をきかない」とへそを曲げる。彼女に他意はないから「私が何を言ったというのですか。わけがわからない」と言うのだが、相手は聞く耳をもたない。(157段)言ったの言わないの、プライドを傷つけたの傷つけられたの、ちょっとしたことで心の中がざわざわしてしまう。オフィスでの人間関係は面倒だ。


頭中将に勝手に誤解され、あからさまに無視されたこともある。だが清少納言も気が強い。本当のことをいわれるならともかく、根も葉もないことを言われても困る。無理に釈明することはせず、彼女の方も意地になって頭中将を無視するのである。(78段)ところが、最後の方で、清少納言と頭中将のこじれた人間関係は元に戻る。一緒に仕事をしているのだから、ずっと口をきかないわけにもいかないだろう。


だが、清少納言は「女性は、一度も働かずにお嫁さんになってしまうのではなく、一度でいいから外に出て働いたほうがいい」(21段)とも言っている。こういう感覚が平安時代にあったことに驚く。


清少納言が仕えた中宮定子は、お産が原因で25歳の若さで亡くなってしまった。定子が亡くなったと同時に、清少納言も宮仕えを引退して再婚する。(下巻巻末の年表による。清少納言に離婚歴がある。)清少納言は、中宮定子がいかに才気があって美しい女性だったか、中宮定子のサロンがいかに華やかだったかをひたすら書いた。定子の評判を落とすことは一切書かなかった。

それだけに、中宮定子一家の華やかだったころの思い出を書いた段は切ない。どんなに彼女が素晴らしかったかを、これでもか、これでもか、と書き綴ったあとに、「中宮およびご一家の栄華は、今とは比べ物にならない。こんなことを書くと気が滅入るのだけど・・・」(263段)などと弱気な文章で結んでいるのだ。清少納言が弱気なことを書くと、淋しくなってしまう。

 

「古文」というと、文法や単語の勉強が煩わしいが、それはひとまず忘れて、現代語訳で全文読んでみるとその面白さがわかる。「抄訳」ではなく、誰かが書いた評論でもなく、原典の「全文訳」だ。あちこちの段を虫食い式に読むのとは全く違った体験ができるので、おすすめだ。

 

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「時代は旧制度をぶち壊す人物を必要とした」司馬遼太郎著『国盗り物語』(2)斎藤道三<後編>(新潮文庫)

天下取りの野望を抱き、その足掛かりとして美濃を「盗った」斎藤道山編の後編をお送りする。

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司馬遼太郎著『国盗り物語』(2)斎藤道三<後編>(新潮文庫

ざっくりした内容

クーデターにより土岐政頼を追放し、自分の思いのままに動かせる土岐頼芸を美濃の新しい守護職に据えた庄九郎(後の斎藤道三)。美濃を「盗る」まであと一歩だ。邪魔な勢力を蹴散らせ!

*庄九郎の前に立ちはだかる最大勢力は、追放された殿様・土岐政頼に仕えていた家来たちだ。特に政頼の家老だった長井藤左衛門は、庄九郎を暗殺しようと刺客を送る。庄九郎はそれを逆手に取り、「謀反」の疑いで、藤左衛門たちを徹底的にやっつけてしまう。

*昔の殿様一派が消えたなら、あとは今の殿様を追い出すべし!庄九郎が新守護職につけた土岐頼芸は、女と酒と美食三昧の無能っぷりを発揮する。「こんな殿様イヤだ」と部下たちも嫌気がさしてきたのを見計らい、庄九郎はまたしてもクーデターを結構。土岐頼芸を追放し、ついに美濃を手に入れる。だが、頼芸は「美濃を取り返して!美濃の土地の一部をあげるから!」と越前の朝倉氏、尾張織田氏に泣きつく。さらに頼芸の弟たちも庄九郎の前に立ちはだかる。三方向から一気に攻められて、勝ち目はあるのか庄九郎!?

*庄九郎は戦争においても有能だった。巧みな戦術で、越前も尾張も「反庄九郎派」の美濃勢も蹴散らしてしまう。なかでも、尾張織田信秀にはかなり手を焼いたが、最後には圧勝する。これで晴れて美濃は庄九郎のものとなったのだった。しかし、すでに庄九郎は50歳を過ぎ、天下を手に入れるには時間が足りないことをしみじみと感じるのだった・・・。

かんたんレビュー

相変わらず斎藤道三はすごい。槍の達人なので、自分を暗殺しにきた忍者をやっつけてしまう。どんな女もメロメロにするほどセックスが上手い。他国の情報を仕入れるために年がら年中旅をしていた人物でもある。生身の人間としてあり得ない。もはやマンガなのだが、それでも引き込まれてしまう。

第1巻のレビューでも書いたが、大山崎八幡宮の神人の話は実に興味深い。歴史の教科書では無味乾燥に思える記述しか書かれていないが、天下のどこに行っても商業が許可営業制だということがいかに息苦しいか、この小説を読んでよくわかった。勝手に販売する者があれば、その許可権を持つ社寺が「神人」という名のチンピラを使って打ちこわしをしたり、商品を奪ったり、時には売人を殺したりもした。(彼らは警察権を持っているので、殺人も罪にはならない。)営業許可をもらった店も、売り上げの何割かは無条件で大山崎八幡宮におさめなければならないし、販売区域も厳しく制限された。

時代がどれだけ旧制度をぶちこわす人物を必要としていたかがわかる。だから、読み進めるうちに、「斎藤道三、がんばれ!」となるのである。楽市楽座や城下町作りで町には活気が生まれる。身分にかかわらず有能な人材も登用される。すばらしい。

 

斎藤道三幸若舞の「敦盛」が好きだったという。

人生五十年

化転のうちにくらぶれば

ゆめまぼろしのごとくなり

 

人間など、観じ来れば一曲の舞にもひとしい。     生あるもののなかで滅せぬもののあるべきか。

庄九郎の好きな一節である。のちに庄九郎の女婿になり、岳父の庄九郎こと斎藤道三を師のごとく慕った織田信長は、やはりこの一章が好きであった。(『国盗り物語』(2)P134)

 

「美濃の蝮(まむし)」こと斎藤道三が美濃を手に入れたとき、彼は齢50を過ぎていた。道山の天下取りの野望は、織田信長に受け継がれることとなる。

 

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「わしは、国を盗りにゆく」司馬遼太郎著『国盗り物語』(1)斎藤道三<前編>(新潮文庫)

司馬遼太郎でおすすめは?と聞かれたら、やはり『国盗り物語』(全4巻)をおすすめする。1~2巻は斎藤道三編、3~4巻は織田信長編。何度読んでも圧倒的な面白さだ。

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 司馬遼太郎著『国盗り物語』(1)斎藤道三<前編>(新潮文庫

ざっくりした内容

1517年。室町末期。妙覚寺の元僧侶だった松波庄九郎は「オレが天下をとる!」という野望に燃えていた。後の斎藤道三である。乞食同然の庄九郎はどうやって天下を取ろうとしたのか?

*天下を取るには資金が必要だ。庄九郎は、油問屋である奈良屋の後家さんをたらしこみ、まんまと店の主人におさまってしまう。商売の才覚がある庄九郎はビジネスで大成功。あっという間に大金持ちに。その間にも庄九郎は諸国のリサーチを重ねる。「美濃は有能な人材がいない。よし、まずはここを乗っ取ろう!」

*「一年だけ自由が欲しい」と妻に告げ、美濃へ旅に出た庄九郎。彼は妙覚寺時代の同僚・日護上人を訪ねる。日護上人のつてをたどって、庄九郎は土岐頼芸(よりよし)に仕えることに成功する。土岐頼芸家督争いで兄の土岐政頼に敗れ、退屈な日々を送る毎日だ。そこに庄九郎が頼芸に陰謀を持ちかける。「クーデターを起こして、兄貴から美濃の国を奪いましょう」

*庄九郎のクーデターは大成功!武力で土岐政頼はお城を追っ払われ、美濃の守護職土岐頼芸の手に。だが、兄も弟も政治の才能がないことに変わりはない。美濃の将来を案じた家老・長井利隆は、「自分の城と家督をあげるから、美濃の国を立て直してほしい」と庄九郎にすべてをあげて政治から引退してしまう。棚ボタ的な展開で、庄九郎は加納城の城主におさまってしまうのだった。

かんたんレビュー

松波庄九郎(斎藤道三)の存在は、もはやマンガだ。槍の名人であり、教養人であり、商売でも大成功をおさめ、金はうなるほど持っていて、百姓たちには慕われ、女性にはモテモテだ。こんなヤツ、どこにいるんだ!と突っ込みながらも、ぐんぐん引き込まれていくのは、話のテンポがいいからだろう。国を盗るための次の一手を考えながら読み進めるのだが、アイデアが貧弱な私では庄九郎の次の一手が読めず、「そうきたか」の連続だ。

もちろん、教えられることも多い。庄九郎は人間というものが嫉妬深いことを知っていた。だから他人の嫉妬を買うことは極力避けた。屋敷に塀を作らず果樹園にしてしまったり、寺に大金を寄進したり、無欲なフリもした。(腹の中は野心で真っ黒である。)他人の嫉妬を買わないよう、細心の注意を払うことは大切だ。

また、歴史の教科書に出てくる「大山崎八幡宮神人」がどういう存在だったのか知ることができた。当時は「座」というものがあり、ほとんどの業種の商工業は自由に開業できなかった。許可権をそれぞれ特定の有力社寺が持っており、そこから許可証がおりなければ商売ができない。大山崎八幡宮はえごま油の座元であり、八幡宮の利益を守る武装勢力が「神人」だ。「神」がついているのでエラい人たちかと思いきや、彼らは下層民だった。

「わしは、国を盗りにゆく」と庄九郎は言う。

「一国を奪ってその兵力を用い、四隣を併合しつつ、やがては百万の軍勢を整えて京へ押しのぼり、将軍を追って天下を樹立する。もはや庄九郎の天下には、神人などというばけものもゆるさず、徳政などの暴政はなさず、商人には楽市・楽座(自由経済)の権をあたえ、二里ゆけば通行税をとられるというようなことをやめて関所を撤廃し、百姓には一定の租税のほかはとらず、天子公卿には御料を献上してお暮らしの立つようにする」(『国盗り物語』(1)P229-230)

哲学というか、思想というか。司馬遼太郎の描く歴史上の大物にはそれがある。

 

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ボッカッチョ著『デカメロン』<下>(平川祐弘訳/河出文庫)

デカメロン』も最終巻となる。下巻は第8目から第10日目が収録されている。これで十日物語の100話をすべて読み切ったことになる。

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ボッカッチョ著『デカメロン』<下>(平川祐弘訳/河出文庫

ざっくりとした内容

下巻に入っているのは8日目から10日目までの全30話だ。中でも印象的だった話を3つ挙げたい。

*第10日目第10話

サンルッツォ侯爵の長男グワルティエーリは、「早く結婚しろ!」という周囲の声に対して「結婚すりゃいいんだろ、結婚すりゃ」と、百姓の娘グリゼルダを嫁にもらう。グリゼルダは美しく気立てが良いうえに賢かったので、家臣からも慕われる。グワルティエーリも彼女のことを愛するようになるのだが、「どれくらい俺は彼女に愛されているのかな?」と試してみたくなり、グリゼルダに意地悪ばかりする。最後、幸せになるからいいものの、ちょっと度を超している。

*第8日目第7話

学者のリニエーリは、美しき未亡人エーレナのことが好きになり、振り向いてもらおうと愛を告白する。ところがエーレナには若き恋人がいる。彼女は「わたし、告白されちゃった」と恋人にわざわざ告げ、嫉妬させて喜ぶような女だ。しかも、「大丈夫、私はあなたのものだから」と言いたいがために、極寒の日にリニエーリを呼び出しておきながら待ちぼうけを食らわせ、その姿を恋人と一緒に見物してあざ笑う。

ところがリニエーリだって黙っちゃいない。エーレナへの愛は憎しみへと変わり、彼女に復讐を誓うのである。その復讐たるや、すさまじいものだった。

*第9日目第10話

ピエートロ親父は、ジャンニ司祭から魔法が使えるという話を聞かされる。なんと司祭は馬を人間に、人間を馬に変えられるというのだ。その話を夫から聞かされた妻は、「私を牝馬に変えてもらえば、あんたは馬を使って商売ができて倍も稼げるんじゃないの?」と言い、自分を牝馬に変えてもらいたいと提案する。ピエートロ夫妻の依頼を受けて、ジャンニ司祭は彼女を牝馬に変えることになった。その魔法たるや・・・ものすごくエロい魔法だった。

 

かんたんレビュー

第10日目第10話に関して、訳者の平川氏は注釈で「物語はほとんど数学上のゲームのようであり、それだけにリアリティーを欠く」とか「白ける」とか、けっこう手厳しく批判しているが、相手に意地悪をすることで愛情を確かめようとする大バカ者は意外とこの世にいるのではないだろうか。それが相手に対する虐待になるとも知らずに。

第8日目第7話は、リニエーリのエーレナに対する復讐がすさまじい。エーレナは若い恋人に逃げられ、よりにもよってリニエーリに相談しに行く。学者なら、彼の心を取り戻すいい魔術を知っているのではないかと。そこでリニエーリは、全裸になったエーレナに人里離れた場所にある塔の上に登らせることに成功する。エーレナが策略にはまったと気づいたときには、もう梯子はなかった。夜は明け、太陽は徐々に照り付ける。エーレナの苦しむ様子が生々しい。

頭に被り物は一切ない。それで真っ向から日に照らされた部分はただ単に焼け焦げたばかりか、数え切れない火ぶくれが生じ、いたるところで皮膚が裂け始めた。熟睡していた女はその日焼けの痛みに目が覚めた。(中略)加えるに風がぱたりと凪いでしまった。あたり一面、蜂や虻がぶんぶん飛び交っている。その蜂や虻が罅(ひび)割れて肉が露出したところに止まって猛烈に螫(さ)した。螫されるたびに鉄串を刺し込まれるような痛さだ。(下巻・P112-113)

つくづく思う。人の愛情は試してはいけない。思わせぶりな態度に翻弄された方は相手を恨むだけだ。その時の復讐のエネルギーたるや、恐ろしいものがある。

 

第9日目第10日の話はとびきりいやらしかったので、ここに引用する。ジャンニ司祭はピエートロの妻を牝馬にする魔法をかける。司祭は彼女に裸になるよう命じると、ピエートロの目の前で彼女に「尻尾をつける」のである。

そして最後に、尻尾を作る以外はもはやなにもし残していないと見るや、やにわに下着をさっとまくりあげ、それでもって人間の種を植えつける杙(くい)を掴むや、すばやく女の畝(うね)の溝に打ち込んだ。そこは杙を打ち込むように出来ていた。そして叫んだ、

「これが牝馬の美しい尻尾となるように」

ピエートロ親父はそれまで注意深く逐一観察してきたが、この最後の杙打ちばかりはあまりにもとんでもないことであったから、

「おお、ジャンニさん、そんな尻尾はいらないぞ。いらないぞ」

と声を荒らげた。だがそう叫んだ時には、あらゆる植物が根を張るために必要な液体ははやほとばしり出ていた。(下巻・P288)

 

夫が見ている前で堂々とヤるか?官能小説もびっくりの露骨さだ。14世紀に書かれたとは思えないほど生々しい描写だが、『デカメロン』のエッチな話はどれもしっかりとイヤらしいし、残酷な話はどれもしっかりと残酷だ。

10人の若者たちがペストから逃れようと郊外に避難してから、15日が経過していた。あまりに長逗留すると世間に非難がましいことを言われるかもしれない。ということで、彼らはフィレンツェに帰ることになった。

命が脅かされているときに、彼らはユーモアの力でこの現状を乗り切ろうとした。もし、私ならこんな時どんな物語を語るだろうか?今から考えておこう。

 

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昭和史への興味をかき立ててくれた一冊。/山内昌之・佐藤優著『大日本史』(文春新書)

山内昌之氏による「まえがき」で初めて知ったことがふたつある。一つ目は、今の高校では世界史が必修科目で日本史が選択科目だということ。二つ目は、2022年度から高校に新必修科目として「歴史総合」という、世界史と日本史を融合させた科目が登場するということだ。ダイナミックで面白そうな科目だ。とはいえ、受験対策としては何をやったらいいんだか大変そうだが。

この本では「世界史と日本史の融合」を意識した近現代史が語られている。中でも最も面白かったのは昭和史だ。昭和史に関しては、戦争だのテロだの暗いイメージがつきまとい興味が持てなかったのだが、この本で考えを改めた。昭和史は面白い。よくも今まで無関心でいられたものだ、と我ながらあきれてしまう。

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山内昌之佐藤優著『大日本史』(文春新書)

私が興味をそそられた昭和史について、個人的に「へえー」と思ったことを三つ挙げたい。

個人的に「へえー」と思った事柄

日中戦争に関しては、陸軍が暴走して始めたとは言い切れない!?

*対米戦争前夜。外交努力をすべきだという昭和天皇vs戦争ありきの陸軍参謀総長のすさまじいやりとりとは。

*8月15日の玉音放送を阻止すべく、陸軍の一部将校が起こしたクーデター未遂事件。

 

かんたんレビュー

「陸軍が暴走して、日本は悲惨な戦争に突き進んだ」という話はよく聞くが、日中戦争に関しては「オレたちの仮想敵国はソ連なんだから、中国なんかと戦争している場合じゃないだろ」と陸軍の一部が考えていたというのは初耳だ。しかもあの石原莞爾が、盧溝橋事件後、戦線不拡大、和平路線を主張していたというから驚きだ。陸軍参謀本部のトップである多田駿も和平交渉継続を訴える。逆に「中国と戦争しよう!」とノリノリだったのが、広田弘毅外務大臣。米内光政海軍大臣も広田を後押しし、外務大臣に従えと多田に圧力をかけている。第二次世界大戦で、日本はアメリカに負けたというより中国に負けた。だから、これは日本にとってかなり大きな出来事だったといえる。 

 

1940年時点、日本の石油輸入依存度は92%であり、その81%はアメリカに依存していた。どう見たって絶対に戦争してはいけない相手だ。こんな相手とどうして戦争してしまったのだろう。

開戦を目前にして、昭和天皇と杉山参謀総長とのすさまじいやりとりがあったという話も初めて知った。「もし戦争になったら、南方作戦はどのくらいで片付くのか」と聞く昭和天皇に、「だいたい5ヶ月くらいで片付きます」と杉山。だが、昭和天皇は納得しない。「支那事変だって、2ヶ月で終わるといっておきながら、4年たっても終わっていないじゃないか」と切り返す。「支那は奥地が広いんで、作戦がうまくいかなかったんですよ」と言い訳する杉山に、「じゃあ、太平洋はもっと広いじゃないか。5ヵ月で片付くってどういうことだ」と昭和天皇。これはすごい。

私は今までずっと、昭和天皇は戦争にノリノリだったのかと思っていた。ところがそうではなかった。昭和天皇は外交で解決できるものなら解決したいと考えていたのだ。それだけに、このやりとりは悲劇的だ。

 

1945年8月15日の「玉音放送」。この前日である14日夜から15日未明にかけて、徹底抗戦を唱える陸軍の一部青年将校たちが、玉音放送を阻止すべくクーデターを企てる。彼らは近衛師団の歩兵連隊を動かし、宮城の占拠に至る。しかし、阿南陸軍大臣が15日の早朝、陸軍官邸で割腹自殺をしたとの報が入り、青年将校たちの反乱も収束していく。クーデターの首謀者たちは自刃。その後玉音放送が流れるという、まるで小説のようなドラマがあった。こんな終戦の迎え方をしていたとは、つゆほども知らなかった。

 

これ以外にも「へえー」はたくさんある。日露戦争を勝利に導いてくれた日英同盟だが、あれは破棄する必要がなかったそうだ。破棄する必要がないならしなければよかったのに、もったいない!

また、アメリカと戦争をしないオプションもあったし、たとえ開戦したとしても最小限の犠牲でなんとか和平に持っていくこともできたという。アメリカが無理難題を突き付けてきた「ハル・ノート」に対しても、もう少し賢い対処方法があったらしい。歴史の流れには逆らえないものかと思いきや、案外いろんな選択肢があったのだ。山内氏の話も佐藤氏の話もわかりやすい。なぜ失敗したのか、失敗を避けるためにどういう手段を取るべきだったのか、具体的に教えてくれる。

歴史はああすりゃよかった、こうすりゃよかったのオンパレードだ。なんだかもどかしい気もするが、過去の出来事から失敗の例を学ぶことで、今に生かせることもある。とにかく、戦争だけは勘弁だ。

 

大日本史』は幕末から昭和史までを扱っているが、ジェットコースターに乗っているかのような感覚で本書を読んだ。特に昭和史には初めて出会ったような気分で読んだ。読んでよかった。

 

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