こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

生きることは何かを失い続けるだけの日々のことなのか?/村上春樹著『1973年のピンボール』(講談社文庫)

村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』の続編だ。

時は流れて1973年。主人公の「僕」は大学卒業後、友人と翻訳を扱う会社を立ち上げた。仕事はうまくいっている。一方、親友の「鼠」は大学中退後もずっと地元に残っている。状況は違えど、「僕」と「鼠」は似たような苦しみを抱えている。生きていくことは、何かを失い続けるだけの日々のことなのだろうか。

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村上春樹著『1973年のピンボール』(講談社文庫)

ざっくりとした内容

*「僕」は、大学一年生の時恋人の直子が自殺するという辛い出来事に遭遇する。彼女を愛していた「僕」はふさぎこみ、大学にも行かず、毎日ゲームセンターに通いつめ、ピンボールに取りつかれたようになる。型は、3フリッパーの「スペースシップ」だ。ところがゲームセンターは突然取り壊され、「僕」は暗い心を抱えたまま街に放り出される。1970年の冬のことだった。直子の死によって「僕」の時は止まったままだ。

*1973年9月。大学を卒業した「僕」は、友人と共に翻訳専門の小さな事務所を立ち上げた。会社はうまく回り、平和な日々が続く。しかし、「僕」は繰り返しの毎日に虚しさを感じ始めていた。相変わらず時は止まったまま、心は乾ききったままだ。そんな時、あの時夢中になったピンボール・マシーンが「僕」を呼んでいるような気がした。3フリッパーの「スペースシップ」。「僕」は「彼女」を捜すことに必死になる。

*「鼠」は大学中退後、ジェイズ・バーに通いつめ、孤独な中国人マスターのジェイを前にビールを飲む日々を送っている。大学を辞めてからずっと、時間は止まったままで、相変わらず何ひとつ得ることのない日々が続く。25年間の人生で、自分はどこで間違えたのか?付き合っていた彼女は一瞬優しさのようなものを思い出させてくれたが、そんな彼女とも一方的に別れてしまう「鼠」。そしてジェイにも、この街を出ていくので、バーには再び来ないことを伝えるのだった。

 

かんたんレビュー

この小説は、東京に暮らす「僕」と、地元に暮らす「鼠」とのパラレル構造で進行する。彼らはどちらも、似たような苦しみを抱えている。繰り返しの毎日に疲れ切っており、心は乾ききっている。しかし、ふたりが迎えた結末は全く違ったものとなる。

 

生きるということは何かを失い続けることなのだろうか。

小説の冒頭から匂わされるのは「死」のイメージだ。「僕」の恋人・直子の家の設計者は肺炎で死んだ。井戸を掘ってくれた職人は電車にひかれて死んだ。そして直子も死んでしまったことが明かされる。(前作『風の歌を聴け』から、直子は自殺したことがわかる。)このように、いきなり「死」の話が連続で淡々と語られる。生き続けるということは、大切なものを失い、大切な人も失うことだ。

「鼠」は「失い続けること」の虚無感に耐えられない。どうせ無くなってしまうものに愛情は持てない、という考え方だ。人も街もどんどん変わっていこうとするが、変わり続けることにどんな意味があるというのだろうか。「鼠」は「どんな進歩もどんな変化も結局は崩壊の過程にすぎない」と言い放つ。

「だから俺はそんな風に嬉々として無に向かおうとする連中にひとかけらの愛情も好意も持てなかった。・・・この街にもね」(P143)

永遠に存在するものなんてあり得ない。ここから来る虚無感が「鼠」を打ちのめす。変化するものから取り残され、「鼠」は居場所がなくなってしまう。

 

一方、「僕」はどうか。

「僕」は自分で立ち上げた会社も上手く行き、幸せな日々を送っているように見える。しかし、心の中は「鼠」とたいして変わらない。同じ毎日の繰り返しに疲れ切っている。時間の感覚だってない。だから何も感じないようにしている。仕事が面白いとかつまらないとか、寂しいとか、何かを欲しいとか、そういったものを感じないようにしている。感じないようにすることが「僕」の生きる手段だからだ。

ところが、そんな「僕」の前に不思議な「救世主」が現れる。双子の女性だ。彼女たちは、ある朝目を覚ました「僕」の両隣で寝ていたのだ。名前もなければ見わけもつかない。この日から「僕」は双子と一緒に暮らすようになった。彼女たちは「僕」の心のエネルギーの供給源が枯れかけていることを指摘する。電話の配電盤のように、寿命が来たら取り替えなくてはならない。最後に彼女たちのおかげで「僕」は怒りの感情までも取り戻す。水までもたっぷり飲まされる。(ジェイに「水を飲め」と忠告された「鼠」は最後まで飲むことができなかったのに。)ずっと自分の暗い闇と向き合っていた「僕」だったが、ようやく「出口」を見いだした時、彼女たちとの別れが来る。

そして、何よりも「僕」とピンボールとの再会は実に感動的で、一番のクライマックスだ。

「僕」が捜しに捜しまわった3フリッパーの「スペースシップ」だが、この台はあるピンボールマニアによって冷凍倉庫に保管されていたことが判明する。マニアが所有するピンボール・マシーンはなんと計78台だ。「僕」が結局この冷凍倉庫に入ることができるのだが、寒々とした部屋には78台のピンボール・マシーンが並んでいた。ただ並んでいるだけのピンボール・マシーンは、まるで「死」を感じさせる。しかし、電源を入れた時、78台のピンボール・マシーンは生き生きとよみがえるのだ。

「僕」の捜していた3フリッパーの「スペースシップ」は列の奥にあった。「僕」はピンボール・マシーンに語りかける。まるで、死んでしまった直子に語りかけるかのように。自分たちの過ごしたはかない日々は消えてしまった。しかし、それでも残っているものは確かにある。

僕たちが共有しているものは、ずっと昔に死んでしまった時間の断片にすぎなかった。それでもその緩い想いの幾らかは、古い光のように僕の心の中を今も彷徨いつづけていた。そして死が僕を捉え、再び無の坩堝に放り込むまでの束の間の時を、僕はその光ともに歩むだろう。(P166)

私はこのくだりを何度も読んだ。

生きるということは、絶えず何かを失い続けることだ。大切な人との別れもそのひとつだろう。死んだ人の存在や想いは、確かに存在したのに、いつかは消えてなくなってしまう。生きている人の記憶にかろうじてとどまるものの、時が立てば思い出すことさえ困難になる。

それでも残っている淡い光のようなものは確かにある。「僕」は3フリッパーの「スペースシップ」との対話でそれを確認したのだ。世の中には決して失われないものがある。「僕」はまさに永遠にそっくりな何かを見たのだ。

 

ピンボールはリプレイ、リプレイ、リプレイ・・・で、特に得るものは何もない。コインだの時間だのと失うものはたくさんある。まるで「僕」が飽き飽きしていた繰り返しの毎日そのものだ。そんなピンボールとの再会で、たいしてドラマチックでもない退屈な毎日をどのように生きるのか、失ったものとどのように寄り添って生きるのか、「僕」は覚悟を決めることができた。

「再び倉庫を横切り、階段を上がり、電灯のスイッチを切って扉を後手に閉めるまでの長い時間、僕は後ろを振り向かなかった。一度も振り向かなかった」(P167)

その覚悟のほどがわかろうというものだ。実に力強い決着のつけ方だと感じた。

 

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明治維新を知りたければまずこの本を読め!/司馬遼太郎著『竜馬がゆく』(1)(文春文庫)

司馬遼太郎の代表作『竜馬がゆく』を再々読している。今回は読書日記を書くつもりで舐めるように読んでいるせいか、新たな発見がいくつもあった。以前は、竜馬が繊細で複雑な性格の持ち主として描かれていることに気が付かなかった。キャラクターに魅力があるからこそ、この小説は面白いのだろう。

そして、自信を持って言える。明治維新を知りたければまずこの本から読むべし、と。

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司馬遼太郎著『竜馬がゆく』(1)(文春文庫)

ざっくりとした内容

坂本竜馬土佐藩郷士の家に生まれた。泣き虫の寝小便たれで手のかかる子供だったが、剣術道場に通い出すと徐々に頭角を現してくる。「多少金はかかるが、江戸の千葉道場で修行させて、ゆくゆくは城下で剣術道場を開かせよう。これは楽しみになってきた」という父や兄たちの期待を一身に背負い、竜馬は江戸へ旅立つ。

*千葉道場でも竜馬はぐんぐんと剣を上達させ、ついには塾頭にまでのぼりつめる。そんな最中、黒船が下田にやってきて江戸は大騒ぎとなる。外国の脅威から身を守らなければならないというわけで、各藩も警備隊の強化に必死だ。竜馬も警備隊の剣術教官として駆り出されるようになるのだが、「教え方がうまい!」となかなかの評判になる。

*当時の若者は「攘夷思想」を振りかざすのが流行だった。藩邸で同室になった竜馬の親友・武市半平太は強烈な攘夷思想家であり、人望があるのでシンパも集めていたが、竜馬は剣術が面白くて思想どころではない。当時の感覚からいえば、かなりダサい人間となっていた。竜馬よ、このままでいいのか?

かんたんレビュー

竜馬がゆく』は、色っぽい遊女が誘惑してきたり、泥棒が竜馬の子分になって大活躍したりと「痛快娯楽時代劇」の要素がふんだんに入っているので、読み物として単純に面白い。同時に、幕末の時代背景を学ぶテキストとして読むこともできる。『竜馬がゆく』を読んでおけば、明治維新の概略がわかる。

第1巻では当時の時代背景として、ふたつの重要な対立軸が紹介される。

まず、土佐藩における「上士vs郷士」という対立軸だ。土佐は戦国時代、長宗我部家の国であり、土佐郷士はみな長宗我部家の家来だった。ところが、長宗我部家が味方した西軍は関ケ原の戦いで敗北。代わりに土佐にやってきたのは、遠州掛川からやってきた山内一豊だ。「上士」とは勝ち組・山内一豊の家来の子孫であり、「郷士」とは負け組・長宗我部家の家来の子孫なのだ。「上士」は「郷士」よりも身分が高く、同じ宿にすら泊まることすら許されない。「郷士」の不満はふつふつとたまり、今にも爆発しそうなエネルギーを蓄えている。坂本竜馬郷士のひとりだ。

二つ目は、江戸幕府vs朝廷という対立軸だ。江戸幕府はペリーに開国を迫られ、いやいや開国する。一方、朝廷のトップである孝明天皇は病的なほどの外国嫌悪症だ。「やむを得ない開国主義」の幕府と「外国大嫌い」の朝廷はどのようなバトルを展開するのだろうか。

一方、竜馬の思想は今のところあやふやなままだ。「どちらかといえば攘夷かな?だって世間はそんな流れだし」くらいの考えしか持たず、剣にひたすら夢中になっている。しかし漠然とした不安は抱いている。黒船来航で脅されても、幕府は大名に頼るばかりで「旗本八万騎」という直属の軍隊を使わない。使えないのだ。カネがなくて、旗本は食うや食わずの生活を強いられており、兵器や家来を揃えて出陣できるだけの力がないのだ。

竜馬は「大丈夫かな、これ」とモヤモヤしながらも、何をするべきかわからない。納得するまで動かない遅咲きの男、それが坂本竜馬なのだった。

(第2巻に続く。) 

 

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「強い人間なんていない。強い振りができる人間がいるだけさ」/村上春樹著『風の歌を聴け』(講談社文庫)

村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』を再読。村上春樹の原点だと改めて認識した。

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村上春樹著『風の歌を聴け』(講談社文庫)

ざっくりとした内容

*「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

主人公の「僕」が影響を受けた作家・デレク・ハートフィールドの言葉からこの小説は始まる。29歳の「僕」はこの言葉に慰められながら、書くという作業を行っている。世界を言葉にすることはできない絶望を感じつつ。


*回想録は「僕」が生物学を専攻する21歳の大学生だった頃の話を描いている。1970年夏、東京の大学に通う「僕」は、地元で夏休みを過ごした18日間。行きつけのバーでビールを飲み、「鼠」というあだ名の親友と語り合い、レコード店で働く女の子と知り合い、一瞬だが心を通わせる体験をする。


*「僕」は18日間のできごとを書いている途中で、数々のエピソードが登場する。過去に付き合った女の子の話。「僕」の子どもの頃の話。読んだ本や聴いた音楽の話。ラジオのDJのトーク。フラッシュバックした思い出の数々は、順番がおかしかったり妙なところがあったりもするが、「僕」は意識の流れに沿って、頭の中に浮かんだままを書き綴る。唐突なように思えても、このようにしか書けないからだ。

 

かんたんレビュー

 この小説では特に大きな事件は起こらない。淡々とした日常生活が綴られていく。人間は誰もが実にはかない生活を送っているのだということが切々と伝わってくる。

だからといって「どうせ、人間の存在なんて無意味なんだ」という拗ねた態度やふわふわした不安感は感じない。むしろそのありきたりで無意味かもしれない人間の日常生活をそこそこ楽しんでやろうじゃないかといった、根を張った力強さみたいなものを感じる。

たとえば「僕」の親友の「鼠」が、自分を取り巻く現状やら自分自身やらにぐずぐずと愚痴らしきものを言い始めた時、「僕」はこう答えている。

でもね、よく考えてみろよ。条件はみんな同じなんだ。故障した飛行機に乗り合わせたみたいにさ。もちろん運の強いのもいりゃ運の悪いものもいる。タフなのもいりゃ弱いのもいる、金持ちもいりゃ貧乏人もいる。だけどね、人並み外れた強さを持ったやつなんて誰もいないんだ。みんな同じさ。何かを持ってるやつはいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何も持ってないやつは永遠に何も持てないんじゃないかと心配してる。みんな同じさ。だから早くそれに気づいた人間がほんの少しでも強くなろうって努力するべきなんだ。振りをするだけでもいい。そうだろ?強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ。(P121)

強い人間なんてどこにもいない。与えられた環境の中で強い振りをしながら生き続けることしか、私たちにはできない。この言葉にはすかっとした潔さを感じる。

 

 「犬の漫才師」と呼ばれるDJのもとに送られてくる少女からの手紙は感動的だ。彼女は脊椎の神経の病気を患い、ベッドに縛り付けられたまま歩くことも本を読むこともできない。そんな少女からの手紙がDJによって紹介される。

 病院の窓からは港が見えます。毎朝私はベッドから起き上がって港まで歩き、海の香りを胸いっぱいに吸い込めたら・・・と想像します。もし、たった一度でもいいからそうすることができたとしたら、世の中が何故こんな風になりたっているのかわかるかもしれない。そんな気がします。そしてほんの少しでもそれが理解できたとしたら、ベッドの上で一生を終えたとしても耐えることができるかもしれない。(P148)


この手紙にDJはこう答える。仕事が終わってから港まで歩き、山の方を眺めてみた、と。

山の方には実にたくさんの灯りが見えた。もちろんどの灯りが君の病室のものかはわからない。あるものは貧しい家の灯りだし、あるものは大きな屋敷の灯りだ。あるものはホテルのだし、学校のもあれば、会社のもある。実にいろんな人がそれぞれに生きてたんだ、と僕は思った。そんな風に感じたのは初めてだった。そう思うとね、急に涙が出てきた。(P149)

そして、リスナーに向かってこう呼びかける。

僕は・君たちが・好きだ。(P149)

「実にいろいろな人がそれぞれに生きてたんだ」という言葉がいい。ビールを飲み、レコードを聴き、生活のためにけっこう辛い思いもして、それぞれにいろいろな人が生きている。人間の存在なんて「風」に等しい。そんな「風」のような存在を愛おしいと思う気持ちがとてもいい。

 

デレク・ハートフィールドが「火星の井戸」という小説の中で言っている。宇宙の壮大さに比べれば、人間は時の間を彷徨っているに過ぎない。何十億年単位で変化している宇宙の前では、人間など無に等しく、生も死もないようなものだ。敢えていうなら、風だ。風でしかないのだ。

「僕」はかつて、人間の存在意義をテーマにした小説を書こうとしていた。そして、人間に関わるすべてのものごとを数値化して存在意義を示そうとしたが、見事に失敗する。人間は数値化することができないからだ。

その次に「僕」が挑戦したのが「文章を書くこと」だ。はかない風の歌を聴き、風の歌を文章に書き表すことで、この世界そのものや世界における自分の立ち位置を少しでも知りたいと思ったからだ。しかし前途は多難だ。手のひらにすくった水が零れ落ちるように、言葉にした瞬間、あと一歩でこの手に触れそうだったものは消え去ってしまうかもしれない。

それでも「僕」は書き続ける。「完璧な絶望など存在しないように」、文章でほんの少しでもこの世界がどうなっているのかを書き表すことができるなら。

風の歌を聴け


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「明智光秀『再発見』の物語」司馬遼太郎著『国盗り物語』(4)織田信長<後編>(新潮文庫)

国盗り物語』が「サンデー毎日」に連載されたのは、1963年から1966年のことだ。当時、裏切者として悪名高い明智光秀を、歴史や伝統に関する教養が深く、軍事面や民政面でも優れていた武将として「再発見」したことは、相当新しいことだったのではないだろうか。

悪名高いといえば、斎藤道三もその一人だ。「あとがき」によれば、道三の子孫は静岡県に住んでいるらしいが、その家の人々は子孫であることをあらわにしたがらなかったという。『国盗り物語』によって、死後の悪名を着ることになった斎藤道三明智光秀に対する評価は見直されたはずだ。織田信長も含めて、器の大きさが半端ない。

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司馬遼太郎著『国盗り物語』(4)織田信長<後編>(新潮文庫

ざっくりした内容

足利義昭を将軍として擁立し、室町幕府再興したいと考える明智光秀。しかし、義昭の保護者が見つからない。周囲は才能のない奴ばかりだ。光秀はついに、「天才」織田信長に仕えることを決意する。信長なら義昭を京に連れて行き、将軍に据えてくれるだろう。その権威によって信長は天下を望めばいい。光秀は義昭と信長の橋渡し役として、二人の主君に仕えることになったのだった。

*京の松永氏・三好氏を蹴散らして義昭を征夷大将軍の座につけた信長。ところが義昭は信長の「人形」であることに飽き足らず、権力が欲しいと言い出した!こっそり反織田勢力を組織する義昭。信長は義昭に大激怒して、ついに義昭を追放してしまう。一方、光秀も義昭にはとっくに愛想がつきていた。室町幕府再興のために義昭を担ぎ出したものの、義昭はその器ではなかったとしみじみ感じるのだった。

*織田軍は快進撃を続け、天下を取るまであと一歩というところまで行きついた。そうなると、自分の座を脅かしそうな有能な部下はもう必要ない。織田家を支えた功臣たちが次々と追放され、その魔の手はついに光秀にまで及ぶ。いきなり自分の領地を取り上げられ無禄となった光秀は、信長に対してついに反旗を翻す。「敵は本能寺にあり!」

かんたんレビュー

斎藤道三の天下統一の夢は、織田信長明智光秀という、ふたりの愛弟子に受け継がれた。ところが、このふたりの性格は対照的で全く気が合わない。明智光秀教養主義者である一方、織田信長は教養には全く関心がなく、伝統に縛られない独創性を重んじる。

しかし面白いのは、ふたりは心の底では「虫が好かない」と思いながらも、互いの持つ才能を誰よりも評価していることだ。嫉妬しているといってもいい。互いの才能に惚れ込んでいるからこそ、必要以上に互いを意識し、憎しみも人一倍になってしまう。こうしたライバル関係の人間ドラマが面白くないはずがない。

ところが、信長は晩年になるとパワハラがひどくなり、以前にも増して部下をこき使うようになったり、暴力をふるったりするようになる。反織田勢力を蹴散らして余裕が出るようになると、今度は自分の勢力を脅かしそうな功臣たちをバサバサと切っていくのだ。光秀の場合はといえば、自分の所領(近江・丹波)をいきなり取り上げられ、収入がゼロになってしまうのだ。「自分の所領が欲しければ、毛利軍から出雲と岩見を切り取ればよろしい」とも。もともと信長の常軌を逸したパワハラぶりに疲れていた光秀だったが、この一件でついに堪忍袋の緒が切れた。「敵は本能寺にあり」だ。

光秀の謀反と聞いて、信長は「是非に及ばず」と、あの有名なことばを発する。これに余計な解釈を付け加えていないところが、とてもいい。最後まで乾いた描写が続くところがこの小説の魅力だ。余計な反省や回想をしないところが信長らしくていい。

 

斎藤道三織田信長明智光秀も滅んだ。天下取りの野望は豊臣秀吉へと受け継がれる。次は『新史太閤記』に取り組みたい。

 

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「新秩序を追い求めた織田信長vs旧秩序の復活を志向した明智光秀」司馬遼太郎著『国盗り物語』(3)織田信長<前編>(新潮文庫)

物語後半の主人公は、斎藤道三から、織田信長明智光秀に移っていく。織田信長は道山の娘・濃姫の婿であり、明智光秀は道三の正妻・小見の方の甥にあたる。道三はこのふたりの才能を高く評価した。「わしは一生のうちずいぶんと男というものを見てきたが、そのなかで大器量の者は、尾張の婿の信長とわが甥(義理の)光秀しかない」と。織田信長明智光秀の運命は誰もが知っている。よりにもよって、そのふたりを斎藤道三が認めていたなんて仕掛けはあまりにも絶妙すぎる。

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司馬遼太郎著『国盗り物語』(3)織田信長<前編>(新潮文庫

ざっくりした内容

*クーデターを起こし、美濃を征服した斎藤道三。だが今まで土岐氏に仕えていた美濃勢は黙っていない。だから、表向きは義理の息子(実は土岐頼芸の子)の斎藤義竜(よしたつ)に家督を譲ったことにして、実権だけは手放さないという形を取った。ところが、道三と義竜は反りが合わない。お互いの悪感情はもつれにもつれ、ついに大爆発を起こし、義竜はクーデターを決行する。義竜と戦った結果、道三は死ぬ。だが道三は娘婿の織田信長に向けて、「美濃を譲る」という遺言状を書いていたのだった。この譲り状を受け取った信長は狂ったように援軍に向かうが、間に合わなかった。

織田信長は、織田の本家を蹴散らし清州城を手に入れ、尾張を統一した。桶狭間の戦いでは、イチかバチかの作戦で今川義元を打ち破り、うなぎ上りに実力をつけていく。あとは美濃を攻略して、道三の遺言を果たすのみだ。だが、斎藤義竜は戦に強く、信長は連戦連敗。ところが、信長は思わぬ幸運に助けられ、美濃を手に入れることができる。難敵・義竜が卒中で突然死してしまったのだ。バカ息子の義興は怖くない。美濃の竹中半兵衛を味方につけることができたこともあり、信長は美濃を攻略した。

斎藤道三の味方だった明智家の人々は、道三が死んで没落。明智光秀は牢人となり、貧乏のどん底を味わう。しかし、教養豊かだった光秀は、足利将軍義輝に接触し信頼を勝ち取ることに成功する。光秀の夢は足利将軍家を再興させ、旧来の秩序を取り戻すことにあった。そんな折、京を牛耳っていた大名・松永久秀の謀略で、義輝は暗殺されてしまう。義輝の代わりに、自分たちの操り人形となってくれる将軍を立てようという思惑だ。そうはいかない。光秀は細川藤孝とともに、義輝の弟・覚慶(のちの義昭)を将軍を擁立し、足利幕府を再建しようとする。

かんたんレビュー

この巻で読む明智光秀は新鮮だ。土岐家の支族・明智家という名家に生まれ、教養豊かで、当時新兵器だった鉄砲の技術もあり、15代将軍足利義昭の信頼を勝ち得た男。そして、「天下を治めるのにふさわしい男は、信長ではなく自分だ」と信長への対抗意識に燃えている男でもある。だが、光秀の野望はあくまでも足利幕府の再興であり、旧秩序を復活させることで、乱世を治めようとするものだった。新しい秩序を追い求めた織田信長とは対照的な人物として描かれている。

織田信長の描き方もいい。斎藤道三が信長に興味を持ち、美濃と尾張の国境付近で会見する場面がある。会見の前に、道山は信長の姿を見ておこうと町に出る。道三が目にしたのは、腰にひょうたんをいくつも結び付け、背に極彩色の大きな男根を描いた浴衣を着て馬にまたがっていた信長の姿だった。あきれかえった道三は「向こうがあんな格好なら、こちらも正装をする必要はないかな」と思い、平服で会見に臨む。ところが会見場で道三はあっと驚く。目の前に現れたのは、髪をつややかに結い上げ、れっきとした正装をした織田信長の姿だった。この信長の登場の仕方がカッコいい。

斎藤道三織田信長を高く評価し、最期には美濃一国の譲り状まで送った。密書を受け取った信長の驚きは計り知れなかった。

遺書である。

しかも、美濃一国の譲状であった。読み終わるなり信長は、

「ま、まむしめっ」

と世にも奇怪な叫び声をあげた。信長は立ちあがった。蝮の危機、蝮の悲愴、蝮の末路、それは信長の心を動揺させた。それもある。しかし亡父のほかはたれも理解してくれる者のいなかった自分を、隣国の舅だけはふしぎな感覚と論法で理解してくれ、気味のわるいほどに愛してくれた。その老人道が、悲運のはてになって自分に密書を送り、国を譲る、というおそるべき好意をみせたのである。これほどの処遇と愛情を、自分はかつて縁族家来他人から一度でも受けたことがあるか。ない。

と思った瞬間、

「けーえっ」

と意味不明な叫びをあげていた。(『国盗り物語』(3)P232-233)

 子どもの頃は「たわけ殿」と言われたとか、気が短くて恐れられたとか、血も涙もない人間ように伝えられている織田信長が、こんな感情豊かな男として描かれているのだ。こうした人間くさいところが、なんともいい。

 

ところで、斎藤道三編とはうってかわって、第三巻の織田信長編からは有名な武将の名前が数多く登場する。彼らのエピソードも興味深い。

 

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「全訳を読めば、清少納言の魅力がわかる!」石田穣二訳注『新版 枕草子』(上・下)

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石田穣二訳注『新版 枕草子』(上・下)角川ソフィア文庫


若いお母さんたちには腹が立つ。あちこち散らかす子どもをほったらかして、おしゃべりに夢中になっている。たいした注意もせず、「そんなことしちゃだめだよ~」とか笑顔で言っているだけ。どうかしてないか?


これは私が言っているのではない。『枕草子』147段のざっくりした内容だ。だが、こんな苦情を現代でも耳にしたことはないだろうか。平安時代は歴史上でいえば「古代」に分類されるくらいの大昔だが、平安の世も現代の世も、人間はあまり変わらないという発見が『枕草子』にはある。

「イケメンのお坊さんの説教だったら夢中になって聞くけれど、ブサイクなお坊さんの話はあまり聞く気がしない」(30段)とか、「人の悪口を言っているのを聞くと、すぐに怒り出すヤツって、いったい何なの。人の悪口で盛り上がるのって、すごく楽しいじゃない!」(255段)とか、「元カノの話をする男って最低。しかも元カノをほめるなんてもってのほか」(251段)とか。

本音満載だ。なんというか、もう、笑えてくる。


彼女は高級官僚だった。中宮定子にひたすら仕えた。宮仕えの人間関係も、会社の人間関係並みに面倒なものだったこともわかる。
たとえば、清少納言のちょっとしたことばに過剰反応する男が登場する話がそうだ。清少納言のことばを自分勝手に皮肉ととらえ、「もうあんたとは絶対に口をきかない」とへそを曲げる。彼女に他意はないから「私が何を言ったというのですか。わけがわからない」と言うのだが、相手は聞く耳をもたない。(157段)言ったの言わないの、プライドを傷つけたの傷つけられたの、ちょっとしたことで心の中がざわざわしてしまう。オフィスでの人間関係は面倒だ。


頭中将に勝手に誤解され、あからさまに無視されたこともある。だが清少納言も気が強い。本当のことをいわれるならともかく、根も葉もないことを言われても困る。無理に釈明することはせず、彼女の方も意地になって頭中将を無視するのである。(78段)ところが、最後の方で、清少納言と頭中将のこじれた人間関係は元に戻る。一緒に仕事をしているのだから、ずっと口をきかないわけにもいかないだろう。


だが、清少納言は「女性は、一度も働かずにお嫁さんになってしまうのではなく、一度でいいから外に出て働いたほうがいい」(21段)とも言っている。こういう感覚が平安時代にあったことに驚く。


清少納言が仕えた中宮定子は、お産が原因で25歳の若さで亡くなってしまった。定子が亡くなったと同時に、清少納言も宮仕えを引退して再婚する。(下巻巻末の年表による。清少納言に離婚歴がある。)清少納言は、中宮定子がいかに才気があって美しい女性だったか、中宮定子のサロンがいかに華やかだったかをひたすら書いた。定子の評判を落とすことは一切書かなかった。

それだけに、中宮定子一家の華やかだったころの思い出を書いた段は切ない。どんなに彼女が素晴らしかったかを、これでもか、これでもか、と書き綴ったあとに、「中宮およびご一家の栄華は、今とは比べ物にならない。こんなことを書くと気が滅入るのだけど・・・」(263段)などと弱気な文章で結んでいるのだ。清少納言が弱気なことを書くと、淋しくなってしまう。

 

「古文」というと、文法や単語の勉強が煩わしいが、それはひとまず忘れて、現代語訳で全文読んでみるとその面白さがわかる。「抄訳」ではなく、誰かが書いた評論でもなく、原典の「全文訳」だ。あちこちの段を虫食い式に読むのとは全く違った体験ができるので、おすすめだ。

 

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「時代は旧制度をぶち壊す人物を必要とした」司馬遼太郎著『国盗り物語』(2)斎藤道三<後編>(新潮文庫)

天下取りの野望を抱き、その足掛かりとして美濃を「盗った」斎藤道山編の後編をお送りする。

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司馬遼太郎著『国盗り物語』(2)斎藤道三<後編>(新潮文庫

ざっくりした内容

クーデターにより土岐政頼を追放し、自分の思いのままに動かせる土岐頼芸を美濃の新しい守護職に据えた庄九郎(後の斎藤道三)。美濃を「盗る」まであと一歩だ。邪魔な勢力を蹴散らせ!

*庄九郎の前に立ちはだかる最大勢力は、追放された殿様・土岐政頼に仕えていた家来たちだ。特に政頼の家老だった長井藤左衛門は、庄九郎を暗殺しようと刺客を送る。庄九郎はそれを逆手に取り、「謀反」の疑いで、藤左衛門たちを徹底的にやっつけてしまう。

*昔の殿様一派が消えたなら、あとは今の殿様を追い出すべし!庄九郎が新守護職につけた土岐頼芸は、女と酒と美食三昧の無能っぷりを発揮する。「こんな殿様イヤだ」と部下たちも嫌気がさしてきたのを見計らい、庄九郎はまたしてもクーデターを結構。土岐頼芸を追放し、ついに美濃を手に入れる。だが、頼芸は「美濃を取り返して!美濃の土地の一部をあげるから!」と越前の朝倉氏、尾張織田氏に泣きつく。さらに頼芸の弟たちも庄九郎の前に立ちはだかる。三方向から一気に攻められて、勝ち目はあるのか庄九郎!?

*庄九郎は戦争においても有能だった。巧みな戦術で、越前も尾張も「反庄九郎派」の美濃勢も蹴散らしてしまう。なかでも、尾張織田信秀にはかなり手を焼いたが、最後には圧勝する。これで晴れて美濃は庄九郎のものとなったのだった。しかし、すでに庄九郎は50歳を過ぎ、天下を手に入れるには時間が足りないことをしみじみと感じるのだった・・・。

かんたんレビュー

相変わらず斎藤道三はすごい。槍の達人なので、自分を暗殺しにきた忍者をやっつけてしまう。どんな女もメロメロにするほどセックスが上手い。他国の情報を仕入れるために年がら年中旅をしていた人物でもある。生身の人間としてあり得ない。もはやマンガなのだが、それでも引き込まれてしまう。

第1巻のレビューでも書いたが、大山崎八幡宮の神人の話は実に興味深い。歴史の教科書では無味乾燥に思える記述しか書かれていないが、天下のどこに行っても商業が許可営業制だということがいかに息苦しいか、この小説を読んでよくわかった。勝手に販売する者があれば、その許可権を持つ社寺が「神人」という名のチンピラを使って打ちこわしをしたり、商品を奪ったり、時には売人を殺したりもした。(彼らは警察権を持っているので、殺人も罪にはならない。)営業許可をもらった店も、売り上げの何割かは無条件で大山崎八幡宮におさめなければならないし、販売区域も厳しく制限された。

時代がどれだけ旧制度をぶちこわす人物を必要としていたかがわかる。だから、読み進めるうちに、「斎藤道三、がんばれ!」となるのである。楽市楽座や城下町作りで町には活気が生まれる。身分にかかわらず有能な人材も登用される。すばらしい。

 

斎藤道三幸若舞の「敦盛」が好きだったという。

人生五十年

化転のうちにくらぶれば

ゆめまぼろしのごとくなり

 

人間など、観じ来れば一曲の舞にもひとしい。     生あるもののなかで滅せぬもののあるべきか。

庄九郎の好きな一節である。のちに庄九郎の女婿になり、岳父の庄九郎こと斎藤道三を師のごとく慕った織田信長は、やはりこの一章が好きであった。(『国盗り物語』(2)P134)

 

「美濃の蝮(まむし)」こと斎藤道三が美濃を手に入れたとき、彼は齢50を過ぎていた。道山の天下取りの野望は、織田信長に受け継がれることとなる。

 

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