こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

デフォー著『ロビンソン・クルーソー』<下>(平井正穂著/岩波文庫)

世界近代文学50選の2作目。ほとんど読まれていないといわれている『ロビンソン・クルーソー』の下巻である。

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デフォー著『ロビンソン・クルーソー』<下>(平井正穂著/岩波文庫

ざっくりとした内容

*妻の死をきっかけに、ロビンソン・クルーソーは再び旅に出る。なんと、御年61歳だ。甥が船長を務める貿易船に乗せてもらい、まず向かったのは、かつて35年間住んでいた無人島。今では漂流民のスペイン人とイギリス人が住んでいる。彼らの数も増え、60~70人にもなっていた!

クルーソー一行は喜望峰を経てマダガスカル島に寄港する。ここで大事件発生。船員のひとりが現地の娘を森に連れ込んでレイプしたため、島民たちはこの男をさらって処刑してしまう。ところが今度は他の船員たちが報復に出て、島民たちを大虐殺してしまうのだ。ロビンソン・クルーソーは彼らの行動をなじるが、船員たちは憤慨する。そして、ロビンソン・クルーソーペルシャ湾(アラビア側か?)で船から無理やり降ろされてしまうのだった。クルーソーは単独でロンドンに向かうことになる。

ロビンソン・クルーソーは共同経営者を見つけ、一緒に船を買う。そして、東南アジア貿易で大儲けするのだ!さんざん儲けた後、シナで船を手放すことにし、そこからはほぼ陸路でロンドンに向かう。旅の途中でも抜け目なく商品を買ったり売りさばいたりして、さらに大金持ちに。商売で大成功したロビンソン・クルーソーは、イギリスに帰り着いたとき、すでに72歳になっていた。ここでクルーソーの大冒険は幕を閉じるのである。

 

かんたんレビュー

世界的に有名なロビンソン・クルーソー無人島生活は、『ロビンソン・クルーソー』上巻に書かれている物語だ。無人島から生還したロビンソン・クルーソーが妻の死をきっかけに新たな旅にでる続編はほとんど読まれていないらしい。

それでは続編はどのような話か?一言でいうと、「ショッキングな事件や記述が多い」いうことに尽きる。

 

舞台は17世紀だ。この頃のイギリス人が、我々日本人を含めた「未開の地に住む蛮人」をどのように見ていたかわかる。異教を信じ、偶像を拝む野蛮な人間たちという軽蔑のまなざしだ。一番驚いたのは、ロビンソン・クルーソーがある韃靼人の村で「チャム・チ・サラング」という名の人形が神様として信仰されていることに激昂し、村人たちを縛り上げ、彼らの目の前で人形に火をつけるという蛮行に及ぶシーンだ。偶像崇拝キリスト教徒にとって、もっとも野蛮な行為だ。だから「ここの村を始末すべきだ」という短絡的な結論に至る。いったいこれは何なのか?

村人たちはクルーソーに害を及ぼしたわけではない。ただ彼らの神様を拝んでいただけなのだ。野蛮なのはどちらか。クルーソーにいわせれば、ベトナムあたりの民族は魚や油などの粗末な物質を取引するだけの未開で野蛮な連中だし、中国は賢明な学者ですら天体の運行について何一つ知らない(本当だろうか?)。万里の長城もたいしたことない。

台湾だけは、公正で厳正な人々の住む素晴らしい場所として描かれている。それもそのはず、台湾は1624年から38年間にわたって、オランダに征服されていたからだ。「オランダの宣教師がいい教育をしているからだろう」とクルーソーは納得する。キリスト教徒でなければ人間にあらず、なのだ。

孤高の無人島生活を経て、ロビンソン・クルーソーは神と出会っている。(クルーソー清教徒、つまりプロテスタントだ。)何もない無人島で、神と真剣に向かい合ったという体験がもたらした感動は実によくわかる。だが、キリスト教を「唯一の正義」として他の民族に押し付けてはいけない。キリスト教はそんな偏狭な宗教ではないはずだ。クルーソーよ、お前の気持ちの狭さを知ったらキリストが泣くぞ。

 

マダガスカル島での大虐殺事件も血なまぐさい。クルーソーの船に乗っていた船員のひとりが島の娘をレイプする。もちろん島では大騒ぎとなり、レイプ犯は島民たちによって連れ去られ、咽喉を切って殺されてしまう。木から無残に吊るされている仲間を見つけた他の船員たちは、怒りにかられ、島民を一人残らず殺戮することを誓うのである。彼らはまず、村に火を放つ。どの家も軽くて燃えやすく、あっという間に火は燃え広がる。

それに、火事に引きつづき土人を確実に殺戮するという仕事が控えていた。火事のために、燃えさかる家から必死になって逃げだしてくる者や、燃えていなくても家から驚愕の余り飛び出してくる者があると、間髪をいれず、その戸口に待ち構えていた味方の者はその頭を殴りつけた。その間、たえず互に、「トム・ジェフリを忘れるな」という合言葉を大声で呼び交わした。(下巻・P324)

 トム・ジェフリというのは、レイプ犯の男の名前である。クルーソー以外の船員たちはトム・ジェフリを探すだけでなく、村から略奪することを目的に島に再上陸している。これと似たような事件は実際にあったのではないだろうか。江戸幕府が禁教令を敷いた理由のひとつはスペインやポルトガルの侵略を恐れたからだというが、『ロビンソン・クルーソー』を読んだ後では、この政策は正しかったのではないかと思ってしまう。

この本では興味深いところもたくさんあったが、なにか割り切れない複雑な思いが残った。おそらく自分が「蛮人」の側だからだろう。 

 

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