こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

明治維新を知りたければまずこの本を読め!/司馬遼太郎著『竜馬がゆく』(1)(文春文庫)

司馬遼太郎の代表作『竜馬がゆく』を再々読している。今回は読書日記を書くつもりで舐めるように読んでいるせいか、新たな発見がいくつもあった。以前は、竜馬が繊細で複雑な性格の持ち主として描かれていることに気が付かなかった。キャラクターに魅力があるからこそ、この小説は面白いのだろう。

そして、自信を持って言える。明治維新を知りたければまずこの本から読むべし、と。

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司馬遼太郎著『竜馬がゆく』(1)(文春文庫)

ざっくりとした内容

坂本竜馬土佐藩郷士の家に生まれた。泣き虫の寝小便たれで手のかかる子供だったが、剣術道場に通い出すと徐々に頭角を現してくる。「多少金はかかるが、江戸の千葉道場で修行させて、ゆくゆくは城下で剣術道場を開かせよう。これは楽しみになってきた」という父や兄たちの期待を一身に背負い、竜馬は江戸へ旅立つ。

*千葉道場でも竜馬はぐんぐんと剣を上達させ、ついには塾頭にまでのぼりつめる。そんな最中、黒船が下田にやってきて江戸は大騒ぎとなる。外国の脅威から身を守らなければならないというわけで、各藩も警備隊の強化に必死だ。竜馬も警備隊の剣術教官として駆り出されるようになるのだが、「教え方がうまい!」となかなかの評判になる。

*当時の若者は「攘夷思想」を振りかざすのが流行だった。藩邸で同室になった竜馬の親友・武市半平太は強烈な攘夷思想家であり、人望があるのでシンパも集めていたが、竜馬は剣術が面白くて思想どころではない。当時の感覚からいえば、かなりダサい人間となっていた。竜馬よ、このままでいいのか?

かんたんレビュー

竜馬がゆく』は、色っぽい遊女が誘惑してきたり、泥棒が竜馬の子分になって大活躍したりと「痛快娯楽時代劇」の要素がふんだんに入っているので、読み物として単純に面白い。同時に、幕末の時代背景を学ぶテキストとして読むこともできる。『竜馬がゆく』を読んでおけば、明治維新の概略がわかる。

第1巻では当時の時代背景として、ふたつの重要な対立軸が紹介される。

まず、土佐藩における「上士vs郷士」という対立軸だ。土佐は戦国時代、長宗我部家の国であり、土佐郷士はみな長宗我部家の家来だった。ところが、長宗我部家が味方した西軍は関ケ原の戦いで敗北。代わりに土佐にやってきたのは、遠州掛川からやってきた山内一豊だ。「上士」とは勝ち組・山内一豊の家来の子孫であり、「郷士」とは負け組・長宗我部家の家来の子孫なのだ。「上士」は「郷士」よりも身分が高く、同じ宿にすら泊まることすら許されない。「郷士」の不満はふつふつとたまり、今にも爆発しそうなエネルギーを蓄えている。坂本竜馬郷士のひとりだ。

二つ目は、江戸幕府vs朝廷という対立軸だ。江戸幕府はペリーに開国を迫られ、いやいや開国する。一方、朝廷のトップである孝明天皇は病的なほどの外国嫌悪症だ。「やむを得ない開国主義」の幕府と「外国大嫌い」の朝廷はどのようなバトルを展開するのだろうか。

一方、竜馬の思想は今のところあやふやなままだ。「どちらかといえば攘夷かな?だって世間はそんな流れだし」くらいの考えしか持たず、剣にひたすら夢中になっている。しかし漠然とした不安は抱いている。黒船来航で脅されても、幕府は大名に頼るばかりで「旗本八万騎」という直属の軍隊を使わない。使えないのだ。カネがなくて、旗本は食うや食わずの生活を強いられており、兵器や家来を揃えて出陣できるだけの力がないのだ。

竜馬は「大丈夫かな、これ」とモヤモヤしながらも、何をするべきかわからない。納得するまで動かない遅咲きの男、それが坂本竜馬なのだった。

(第2巻に続く。) 

 

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