こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

謎が謎を呼ぶ物語。どのピースがどこにはまるのだろうか。/村上春樹著『羊をめぐる冒険』(上)(講談社文庫)

羊をめぐる冒険』は、『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』に続く「青春三部作」の完結編だ。謎だらけの小説なので、謎をあらかた書き出しておいた。どのピースがどこにはまるのだろうか。ドキドキしながら読んでいる。

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村上春樹著『羊をめぐる冒険』(上)(講談社文庫)

ざっくりとした内容

*1978年9月。「僕」が友人と経営する翻訳会社は順調に業績を伸ばし、三年前からPR誌や広告関係にも手を広げていた。ある日翻訳会社に謎の男がやってくる。男の要求は「僕」が手掛けた生命保険PR誌の発行を即刻中止せよ、というものだった。PR誌に載っている写真は平凡な風景写真だ。北海道の草原と雲と木と、そして羊。いったい何の問題があるというのか?

*「僕」が使った問題の写真は、親友の「鼠」から送られてきたものだった。「この写真をどこでもいいから人目のつくところに持ち出してほしい」。モノクロ写真には背中に星印の模様がついた羊が写っていた。男は執拗にこの写真をどこで手に入れたか「僕」から聞き出そうとする。答えるのを拒否する「僕」。ついに男は脅迫まがいの手段で、星を背負った羊の居場所を「僕」自身の手で探し出すように命令する。「一ヵ月以内に羊を探しだせ。さもなければ君は終わりだ」。

*「僕」のパートナーは耳のモデルをしている女の子だ。翻訳会社を退職した「僕」は彼女と共に北海道に飛び、羊の行方を追うことにした。とはいえ、平凡な写真から一匹の羊の居場所を特定するのは並大抵ではない。写真を送ってきた「鼠」に直接訊きたいところだが、「鼠」は故郷を飛び出してからというもの日本各地を放浪していて行方不明だ。いったいどうしたらいいのだろうか。

かんたんレビュー

羊をめぐる冒険』の上巻は謎だらけである。

とりあえず、謎を並べてみる。

1、「羊」とは何か。

謎の男は戦後の政治・経済・情報の世界を牛耳る「先生」の秘書だ。「先生」は1932年の2.26事件に連座して逮捕された。1936年、刑務所から出てきた「先生」は驚異的な自己変革を遂げ右翼の大物になる。「先生」の中に「羊」が入り込み40年間住みついていたからだ、と秘書の男は言う。「羊」はその後「先生」の中から出て行った。「先生」は脳卒中で倒れ意識不明で余命いくばくもない。秘書の男は「羊」を探しだし、「羊」が何かを望んでいるのだとしたら全力を尽くしたいのだという。

2、「耳の女の子」とは何者か。

校正係、コールガール、耳のモデルを職業とする女の子。彼女も謎めいている。彼女は離婚したばかりの「僕」の前に現れ、「僕」のパートナーとなる。普段は耳と意識の通路を閉鎖しているので平凡な女の子に過ぎないが、耳を開放した状態になると非現実的な美しさを放つ。「あなたのために耳を出してもいいけれど、あなたは後悔することになるかもしれない」「しばらくの間、私のそばを離れないで」と、彼女は「僕」に約束させているが、この約束の意味は何だろうか。しかも、羊をさがす冒険が始まることも予言しているのだ。不思議な力を持つ彼女はいったい何者なのだろうか。

3、小説冒頭に出てくる「誰とでも寝ちゃう女の子」とは何者か。

この小説は人の死から始まる。村上ワールドはいつも死の匂いがする。

大学生の時、「僕」は「誰とでも寝ちゃう女の子」と出会った。彼女は「僕」とも寝るようになり、水曜日に「ピクニック」と称して「僕」の部屋にやってくるようになる。1970年11月25日。「あなたはいったい何を抱えこんでいるの?」と彼女は「僕」に唐突に訊ねる。「僕」は何かを抱え込んでいることを否定しない。うまくしゃべれないことなんだ、と彼女に言う。「僕」はいったい何を抱えこんでいるというのだろうか。

冒頭は彼女が車に轢かれて死んだ話から始まる。唐突に思える彼女の死は、なぜ冒頭に語られなければならなかったのか。

4、「僕」にとって妻はどういう存在か。

1978年7月。「僕」は妻と離婚する。「あなたのことは今でも好きよ」と言い残し、妻は他の男のもとへ去っていった。「僕」は淡々としているように見えて、何かにつけて妻のことを思い出している。一番「僕」が求めているのは妻とのつながりのようにも思えるのだが、果たしてどうだろうか。

5、「僕」の故郷の消滅はこの話全体にどう関わってくるのか。

「僕」の故郷はすっかり変わってしまった。海は埋め立てられ高層アパートが建ち並んでいる。「僕」は寒々しい風景を眺めながら、防波堤に腰をかけてビールを飲み、かつて海だった埋め立て地に空き缶を放る。そこを警備員に見つかり咎められる。このシーンは印象的な場面のひとつだ。何故空き缶なんか投げるんだと警備員に言われ、僕は答える。

「理由なんてないよ。十二年前からずっと投げてる。半ダースまとめて投げたこともあるけど、誰も文句は言わなかった」
「昔は昔だよ」と警備員は言った。「今はここは市有地で、市有地へのごみの無断投棄は禁じられてる」
僕はしばらく黙っていた。体の中で一瞬何かが震え、そして止んだ。(P161)

「僕」はここで怒りを感じている。自分の目の前から消滅してしまったものを諦めようにも何かがくすぶり続けているのだ。

6、「鼠」と「羊」の関わりはなにか。

「鼠」の手紙によれば、1978年3月の初め、彼は山に閉ざされた場所にやってきたのだという。手紙の消印は北海道だ。「僕」に「羊」の写真を送ったのは1978年5月。「僕」はこの写真を見た途端、トラブルの匂いを嗅ぎつけている。「鼠」と「羊」とはどのような関わりがあるのだろうか。

7、「僕」の飼い猫に名前がついた意味は?

「僕」は北海道に旅立つにあたって、「先生」の秘書の男に飼い猫の世話を頼んでいる。猫には名前がなかった。そこで「先生」のお雇い運転手が「『いわし』なんてどうでしょう」と提案し、猫には「いわし」という名前が授けられる。

そこから「僕」と運転手との「名前」についての議論が延々と続けられる。「僕」は「名前」について並大抵でないこだわりをみせる。これはいったいどういうことだろうか。

「つまり街やら公園やら通りやら駅やら野球場やら映画館やらにはみんな名前がついていますね。彼らは地上に固定された代償として名前を与えられたのです」
 新説だった。
「じゃあ」と僕は言った。「たとえば僕が意識を完全に放棄してどこかにきちんと固定化されたとしたら、僕にも立派な名前がつくんだろうか?」
 運転手はバックミラーの中の僕の顔をちらりと見た。どこかに罠がしかけられているんじゃないだろうかといった疑わしそうな目つきだった。「固定化といいますと?」
「つまり冷凍されちゃうとか、そういうことだよ。眠れる森の美女みたいにさ」
「だってあなたには既に名前があるでしょう?」
「そうだね」と僕は言った。「忘れてたんだ」(P264-265)

「僕」は故郷を失い、妻を失い、仕事を失い、名前があったことさえも忘れていた。羊をめぐる冒険は「僕」にどのような影響を及ぼすのだろうか。

(下巻に続く)

 

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