こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

ショーペンハウアー著『読書について』(鈴木芳子訳/光文社古典新訳文庫)

ショーペンハウアー著『読書について』(鈴木芳子訳/光文社古典新訳文庫

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この本にはガツンとくる、あまりにも有名な部分がある。

読書するとは、自分でものを考えずに、代わりに他人に考えてもらうことだ。他人の心の運びをなぞっているだけだ。(P138-139)

こう言われるとぐうの音もでない。まさしくその通りだ。本をたくさん読めば、自分が賢くなったような気になる。しかし、本は、読めば読むほど馬鹿になるともいえる。自分の頭で考えることを忘れてしまい、他人の意見を自分で考えたことのように錯覚してしまうことがあるからだ。
では、どうすればいいのか。ショーペンハウアーは思想体系を身につけることの重要性を強調する。

思想体系がないと、何事に対しても公正な関心を寄せることができず、そのため本を読んでも、なにも身につかない。なにひとつ記憶にとどめておけないのだ(P149)

 「何のために勉強するのか」と子どもに問われたら、「思想体系を身につけるためだ」と答えたらいい。

「思想体系」というのは、考え方の「型」となる部分のことだ。考え方の「型」は、基礎学力を向上させることによって身につけるしかない。基礎学力がなければ、その背景がわからないから、何を読んでも理解できない。何をどのように考えたらいいかもわからないから、関心だってわかない。自分の器を超えたものは手に負えないのだ。

世界を自分の理解したいように理解することを「反知性主義」というらしいが、そのような状態に陥らないためには「思想体系」を身につけ、批判的に本を読むしかない。


また、この言葉も印象的だ。

できれば原著者、そのテーマの創設者・発見者の書いたものを読みなさい。少なくともその分野で高い評価を得た大家の本を読みなさい。その内容を抜き書きした解説書を買うよりも、そのもとの本を、古書を買いなさい。(38-39ページ)

 ここでショーペンハウアーが強調しているのは、原典にあたることの大切さだ。解説書を読んで、その本そのものを読んだ気になってはいけない。元になるテキストにあたらなければ、その本を読んだことにはならない。ショーペンハウアーに言われると、より一層心が奮い立つ。

ひっきりなしに次々と本を読み、後から考えずにいると、せっかく読んだものもしっかり根を下ろさず、ほとんどが失われてしまう。(P140)

いかに価値ある古典を読んでも、読みっぱなしではもったいない。耳が痛いが、心にとどめておこう。

 

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