こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

「『大人たちの束縛から逃げ出せ!やつらに何がわかる!』 二人の少年の家出事件から物語は始まる」/ロジェ・マルタン・デュ・ガール著 『チボー家の人々(1)ー灰色のノートー』(山内義雄訳)

ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(1)ー灰色のノートー』(山内義雄訳/白水Uブックス

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面白い。面白すぎて止まらない。この本はチボー家の次男、ジャック・チボーをめぐる群像劇だ。しかしほとんどの本屋には置いていないので、日本ではほとんど読まれていないのではないだろうか。そこで、1冊ごとにあらすじを記すことにした。「こんな話だったのか」と少しでも興味を持ってもらえるとうれしい。

1.灰色のノート

チボー家の人々』は、カトリック系の中学校に通うジャック(14歳)とダニエル(14歳)の家出事件から始まる。ふたりの家出の二日前、ビノ神父はジャックの机から「灰色のノート」を発見した。この「灰色のノート」はジャックとダニエルの交換日記なのだが、「ふたりの友情は永遠だ!」などという感極まった表現で埋め尽くされていた。この内容は同性愛者のそれではないのか?

ピノ神父はジャックに退学させるぞと脅す。これが引き金となって、ジャックはダニエルを誘い、家出を企てた。「やつらはぼくたちの《灰色のノート》をぬすみやがった!やつらにはわからない。やつらになんでわかるものか!」と、ジャックの激昂ぶりはすさまじい。

「灰色のノート」の具体的な内容はこうだ。


きみこそは、ぼくがただひとり愛する友!(中略)ねえ、どんなことがあっても離れまい。ああ、いつ、いつの日にふたりは自由になれるのか?いつの日に、ふたりはいっしょに生活し、いっしょに旅ができるのか?いろいろな外国、どんなにたのしいことだろう!ふたりして、不滅な、美しい印象を集めてあるき、そのまだぬくみもうせないうちに、ふたりでいっしょに、それを詩にして歌うのだ!(P77-78)

おお、きみに手紙を書きながら、ぼくは、それらが、真にして力強きものであることを感じる!ぼくは生きている!そして、肉体も精神も、心も、存在力も、すべてはぼくのうちに、きみの愛情によってこそ生きているのだ!そして、真実な、それに唯一無二のわが友よ、きみの愛情をぼくはぜったいに疑っていない!(P78-79)


やたらと「!」が目につく。ここではないどこかへ脱出したい。大人たちの束縛から逃れて自由になりたい。その思いが膨れ上がって、ふたりはおおいに盛り上がっている。同性愛っぽいといえばそういえなくもないが、ティーンエイジャーにはよくありがちな感情ではないだろうか。ふたりで一緒に住みたいとか、旅行に行きたいとか、そう書きたくなる気持ちはわかる。ふたりはここでないどこかへ逃げ出したいのだ。

ふたりの家出を知って、双方の家族は大騒ぎとなる。
父親であるオスカール・チボー氏は地元の名士だ。妻はジャックが生まれたと同時に死んだ。反抗的で繊細で感情の振れ幅の大きいジャックは悩みの種だ。ジャックを愛していないわけではないのだが、扱いにくい息子だと感じている。ジャックには9歳年上の兄アントワーヌ(23歳)がいる。彼も重要な登場人物のひとりだ。
一方、ダニエルの家庭は父親不在の家庭だ。父親のジェローム浮気者で、あちこちの女の元に転がり込み、めったに家に帰ってこない。ダニエルの家出の知らせを受けて、母親のフォンタナン夫人が、心当たりのある情婦のもとをあちこちと訪ねてジェロームの居場所を探さなければならない状況なのだ。ダニエルには、妹のジェンニー(13歳)がいる。金持ちのチボー家とは違い、フォンタナン家は裕福とはいえない。しかし、フォンタナン夫人はあふれるような愛情で子供たちを包んでいる。ジャックにどう接していいかわからず困り果てているチボー氏とは大違いだ。
宗教的背景も違う。ジャックの家庭はカトリックを信仰しているが、ダニエルの家庭はプロテスタントを信仰している。これが物語に重要な影響を及ぼしていく。

結局、ジャックとダニエルはマルセーユで二晩過ごしたものの、警察に捕まって実家に連れ戻されてしまう。
フォンタナン夫人は息子のダニエルをとがめることなく、愛をもって受け入れてくれる。一方、チボー氏は、ジャックに対して怒りのたけをぶつけてしまう。父親と母親の違いもあろうが、とにかく家庭で対照的な扱いを受けるのだ。


しかし、チボー氏はジャックを「絶対許すまじ」と思っていたわけではなかった。初めは許すつもりだったし、許したかった。彼は、ジャックが無事に帰ってきたことをお祝いするつもりで、女中たちにあれこれと準備させていた。そして、あやまちをおかした息子が飛びついてくるのを待ちわびていた。

ジャックも父親の胸に飛び込みたい気持ちはあった。素直に詫びたかった。ところが、ジャックにはそれができない。なぜか。

それというのは、書斎のなかがお祭りのようにあかあかとかがやき、台所へ向かった戸口にはふたりの女中の顔が見え、さらにチボー氏が、夕方の気楽ななりをしているはずのこの時間にフロックコートなどを着ていたからだ。こうした、常とちがったいろいろなことが、ジャックの気持ちを麻痺させた。彼は《おばさん》の抱擁からぬけだした。そして、あとしざりした彼は、何ものかを待ちかまえるような気持ち、泣きだしたいような気持ち、同時にからか(ママ)と笑らいだしたいような気持ちを感じながら(彼の心には、それほどまでに愛情が鬱積していた)、顔を伏せたまま立っていた。(P168)


父子は互いに不器用すぎて心が通じ合わない。息子が泣きながら詫びることを期待していたチボー氏は、ジャックのそっけなく見える態度に激怒してしまうのである。「ろくでなしだ。人情のないやつだ!こいつのためにみんなが心配した、その心配に値しないやつなのだ」と。 父子のすれ違いがなんとも切ない。
ジャックは矯正すべき問題児として、感化院に送られてしまう。そこはチボー氏が設立した施設なのだが・・・そこは実に恐ろしい場所だった。(第2巻に続く)

 

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