こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

「恋はそれぞれ、その当事者に似る」/ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(3)ー美しい季節Ⅰー』(山内義雄訳)

ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(3)ー美しい季節Ⅰー』(山内義雄訳)

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「恋はそれぞれ、その当事者に似る」は、巻末の店村新次氏の解説による。
ジャックとアントワーヌがふたり暮らしをするようになってから5年がたった。ジャック20歳、アントワーヌ29歳。
「ふたり暮らし」といっても、どうやらふたりは父親と同じ建物に住んでいるらしいのだ。チボー氏は上の階、ジャックとアントワーヌは下の階だ。チボー氏は地元の名士で金持ちなので、ものすごい豪邸に住んでいるのかと思いきや・・・いや、パリに住んでいること自体がすでに金持ちの証しなのかもしれない。

3.美しい季節Ⅰ
チボー家の人々』第3巻のあらすじを紹介する。
少年園を出てからの5年間、ジャックは必死に勉強する。そして、フランス全国の秀才が集う高等師範学校(エコル・ノルマル)に第3位の成績で合格するのだ。友人たちは皆、ジャックを祝福してくれる。しかし、ジャックは喜び半分失望半分の複雑な気持ちを抱えている。彼の胸を支配する思いはいつも「ここじゃないどこかへの脱出」だからだ。

ダニエルたちは、ジャックの合格祝いをしようと「パクメル」というナイト・バーへ繰り出す。親友のダニエルは画家になった。個展を開き、作品に顧客がつくまでになり、美術商リュドウィクスンの出す美術雑誌の仏文欄も手掛けている。ダニエルは父親の血を引いたせいか、女性との付き合いも派手だ。ナイト・バー「パクメル」は、ダニエルが女の子を「お持ち帰り」する社交場なのだ。ジャックはダニエルのことを「美男子だなあ」と見ほれつつも、ダニエル御用達の社交場に居心地の悪さを感じる。

一方、兄アントワーヌの方には一大事が降りかかる。父親の秘書をやっているシャール氏の娘(シャール氏と娘の血のつながりはない。同居している「ばあや」の姪っ子で、シャール氏が娘のようにかわいがっている。)が車にひかれたというのだ。アントワーヌがシャール氏の家に駆け付けると、娘は瀕死の状態だった。すぐに病院へ運び込むことを提案すると、「いやでございますよ」とシャール氏の母親に病院行きを拒絶されてしまう。「私たちはめいめい自分のベッドで死んでいきたいんです。病院なんてまっぴらですよ」というのだ。
しかし、このままでは娘が死んでしまう。アントワーヌは決断する。「仕方がない、ここで手術をしよう」と。
これはアントワーヌの人生初の大手術となった。部屋のあらゆるものを工夫して手術室を作り、彼より一足先に来ていた若い医者や近所の女性を助手にして、テキパキと指示を送る。この手術の描写がとてもリアルなのだ。

そして、アントワーヌは人生初の大手術を成功させたことから、周囲の彼を見る目は180度変わってしまう。先ほどまで頑なな態度を取っていた母親は尊敬のまなざしでアントワーヌを見つめ、助手として頑張ってくれた若い医者はアントワーヌのことを「メートル(大先生)」と敬うようになる。アントワーヌとしても悪い気はしない。
また、同じアパートに住んでいるという縁だけでアントワーヌのにわか助手になってくれた女性・ラシェルはアントワーヌにとって運命の女性となる。彼女はユダヤ系の美女で、今までアントワーヌの周りにいなかったタイプの女性だった。彼は彼女にぐっと惹かれていく。
しかし、自分が自由であることをラシェルは何度も強調する。彼女は何者からも束縛されたくないのだ。

「このあたしは、ぜんぜんおとなしいお友だちとか、気のゆるせる恋人なんかになれる資格はありませんの。あたし、どんなでたらめでもやってのけたいと思っていますの。どんなでたらめでも。そのためには自分が自由でいなければ。だから、あたしは自由でいたいんですの。わかって?」(P160-161)

しかし、アントワーヌはへこんだりはしない。彼は、欲しいものをあきらめた経験がなく、敗北したことがなかった。相手の立場や気持ちがはっきりわかってしまえば、取るべき対策がわかると自信満々なのだ。恋愛の駆け引きですら合理的に考えるところが、アントワーヌの面白いところだ。ふたりは恋に落ちる。

ラシェルと深い関係になったことについて、ジャックに得意げにしゃべるアントワーヌ。しかし、兄の話にジャックは不愉快な気持ちになる。アントワーヌの恋愛に何か純粋でないものを感じてしまうからだ。フォンタナン家に兄と訪れたときも、居心地が悪く、ずっといらいらしっぱなしだ。フォンタナン家に転がり込んできた少女ニコルは、ドクトル・エッケと婚約して幸せいっぱいだし、フォンタナン夫人の人当たりのいいおしゃべりを繰り広げているし、ラシェルとの情事について放埓な打ち明け話をしたアントワーヌは夫人の前では常識的に人当たり良く振舞っているし、そんな彼らを見ていると、ジャックはなぜかいたたまれない気分になってしまうのだ。

だが、ジャックと同じような感性の持ち主がいた。ダニエルの妹、ジェンニーだ。彼女は19歳。ジェンニーはジャックを恨んでいた。かつてジャックはダニエルと家出をした。ジェンニーはジャックが兄を奪ったと、嫉妬心にかられていたのだ。
しかし、第3巻の終わりで、彼らの距離はぐっと近くなる。ジャックはテニスクラブの帰り道、ジェンニーに、自分が立会人となったバタンクールの結婚式の話をする。バタンクールはジャックの友人で、14歳も年上の未亡人で連れ子のいる女性と結婚したのだ。この結婚にバタンクールの家族は反対し、結婚式に親族は誰一人出なかった。祝電すら一通も届かない結婚式だ。バタンクール側の友人はジャックひとりだった。
ジェンニーはこの時のジャックの体験談に真剣に耳を傾ける。そのことに対して、ジャックは「おそらく彼として初めての、そして、きわめて濃厚な喜びの気持ち」を味わうことになる。また、ジェンニーはジェンニーで、ジャックという人間を誤解していたことに気づくのだ。

彼女は、ジャックの眼差しの中に、反感を催させるような粗野な重厚さの見えないこと、しかも、明るい、敏捷な、表情に富んだ彼のひとみが、そのときちょうど、澄みわたった水のように思われたことに気がついた。
《どうしてこの人、いつもこんなでいないのかしら?》と彼女は思った。(中略)そしておそらく、彼にあっても彼女にあっても、その楽しみは、ふたりがたがいにひとりだけでないということから、さらにかき立てられていたにちがいなかった。(P215-216)

 ふたりは似た者同士だった。だが、ジェンニーはどうしても素直になれない。ジャックに興味を持っている素振りさえも見せたくないのだ。誰にも自分の領域に踏み込まれたくないという純情さと頑固さのために、彼女は誰をも寄せ付けることができないのだ。ふたりが近づくにはまだまだ時間がかかりそうだ。

(第4巻につづく)

 

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