こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

「暴力で女を支配する男と、ダメ男ぶりで女を支配する男」/ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(4)ー美しい季節Ⅱー』(山内義雄訳)

ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(4)ー美しい季節Ⅱー』(山内義雄訳)

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4.美しい季節Ⅱ
チボー家の人々』第4巻のあらすじを紹介する。
チボー家の長男アントワーヌは29歳。彼は、父親の秘書シャール氏の娘(血縁関係はないが)に人生初の大手術を施し、命を救うことができた。たまたまアントワーヌの手術の助手を務めたことがラシェルはユダヤ系の美女で26歳だ。この手術が縁で、ふたりは恋に落ちる。ラシェルは、アントワーヌが今まで見たことのない世界に住む女性だった。

ラシェルの半生はかなり特殊だ。彼女には実際のモデルがいるのだろうか?
彼女は天涯孤独といっていい身の上だ。オペラ座で衣装係をしていた父親は日射病で亡くなり、兄もイタリアで溺死した。母親は生きているが、精神病院で暮らしている。
ラシェルと元恋人イルシュは50歳と年が離れており、武器商人だ。イルシュとともにアフリカの国々を旅したときの思い出をラシェルはアントワーヌに話す。イルシュはサディスティックで恐ろしい男だった。
たとえば、ラシェルが川に撃ち落とした鷺を、アフリカの少年に取りに行かせた時の話だ。少年が川に入ったとたんワニに食いつかれ、いきなり川底に引きずり込まれてしまう。イルシュは少年を苦しませないようにと、銃を構え、少年の頭を撃ち抜く。その直後、イルシュは周囲にいた他の黒人少年たちに告げるのだ。「誰か、おれの目覚まし時計をやるから、ラシェルの鳥を取ってきてくれ」と。
アフリカのある部族の女が、姦通の罪により石で打ち殺される現場にも嬉々として出かける。他人の痛みがわからない、異常な男なのだ。
それだけでなく、イルシュは自分の娘と性的関係を持っていた。イルシュの娘クララはラシェルの友人であり、ラシェルの兄の婚約者だった。だがある日、ラシェルは、クララとイルシュの関係に気づいてしまう。クララは父親に犯されることに抵抗するために、自分の兄と結婚したのではないだろうかとラシェルは回想する。しかし、クララが結婚してから3週間目のことだった。イタリアの湖水でクララとラシェルの兄の遺体が発見されたのだ。クララは絞殺、ラシェルの兄は溺死だ。おそらくイルシュとクララの関係に気づいた兄が、クララを絞め殺し、そのまま身投げしたのではないかとラシェルは推測するのだが、イルシュがこの件に絡んでいないとも言い切れない。真相は闇の中だ。
こんな異常な男にラシェルは今でも惹かれているのだ。今まであらかじめ敷かれたレールの上を歩いてきたアントワーヌにとっては、ラシェルの身の上話は驚きの連続だった。

こうした奇怪な身の上話をきかされて、彼はびっくりしつづけていた。思えば自分は、そうした彼女とは全然ちがって、有産階級の家に生まれたこととか、仕事とか希望とか、しゃんと計画を立てている将来とかで、しっかりフランスの土地にくぎづけられてしまっているのだ!彼には、自分を結びつけているそうした鎖がはっきり見えていた。それでいながら、彼は一度も、それを引きちぎろうなどと思ったことはなかった。そして、ラシェルが望んでいるもの、しかも、彼にとってはまったく見ず知らずのあらゆるものにたいして、ちょうど家畜が、あらゆるうろつきまわるもの、住まいの安全をおびやかすものにたいしてもつのとおなじような、一種の敵意を感じていた。(P132)


ラシェルの存在は、予定調和の人生しか歩んでこなかったアントワーヌを変えていく。

そして、彼には、ラシェルと出会うまでのあらゆる人生のできごとが、すべてやみの中に沈もうとしてでもいるかのように思われていた。それらはすべて、《まえ》のできごとだった。(中略)つまり、自分の変わるそのまえなのだ。つまり、彼は、精神的にすっかり変わってしまっていた。まるで鍛え直されたとでもいうようだった。成熟し、同時に、さらに若くなった感じだった。(P136)


自分とはまったく違う世界の人間と出会うことは、その人を成長させる。それも、より密接な恋愛関係の出会いならなおさらだろう。パートナーとの濃密な関係ならば、まったく違う価値観でも素直に受け入れることができる。アントワーヌは異世界の住人ともいえるラシェルをあっさり受け入れるのだ。


しかし、ふたりの別れは唐突にやってくる。イルシュがカサブランカからラシェルを呼び寄せたからだ。ラシェルはイルシュの元へ行かなければならない。どんなに殴られようと、侮辱されようと、刑務所にまで入れられようと、ラシェルはイルシュの魔力にはあらがえないのだ。彼女は自分が「自由」であることを強調していたが、実際はこれっぽっちも自由ではなかったのだ。ふたりは涙ながらに別れることとなる。

なぜ異常な男に魅かれる女がいるのだろうか?

この巻では、フォンタナン夫人が夫のジェロームに、アムステルダムまで電報で呼び寄せられる話も書かれている。ジェロームの愛人のノエミがホテルの一室で死にかけていて、自分ひとりでは手に負えないと泣きついてきたのだ。そして、ノエミが亡くなったあと、ジェロームは当然のようにフォンタナン夫人の元へ戻っていくのである。イルシュがサディストで女を支配する男なら、ジェロームはダメ男ぶりで女を支配する男だ。都合が悪くなれば甘えれば許してくれる。フォンタナン夫妻もかなりいびつな夫婦だといってもいい。

一方、チボー家の弟ジャック(20歳)と、ダニエルの妹ジェンニー(19歳)の距離もぐっと縮まる。彼らはたまたまふたりきりになる機会があったのだが、互いに大真面目な話をするうちに、「ふたりはなんて似ているんだろう」ということに気づくのだ。ジャックと別れた後、ジェンニーは発作のように「あの人とは会いたくない!」とダニエルやフォンタナン夫人に訴える。狂おしいほど好きだというのに、こうした反応をしてしまうところにジェンニーの性格の難しさがある。しかし、ジェンニーを知り尽くすダニエルやフォンタナン夫人は、ジェンニーの本心を悟ってしまうのだ。

エコル・ノルマルという難関校に上位の成績で入ったあと、ジャックはどうなったのか?実は、彼は学校には行かずに行方不明になってしまうのである。「ここではない、どこか」へ脱出する試みは続く。いったい彼はどうなってしまうのだろうか。

(第5巻につづく)

 

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