こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

「人間の行動や意思決定で、自ら選び取っているものは案外少ない」/ロジェ・マルタン・デュ・ガール著 『チボー家の人々(5)ー診察ー』(山内義雄訳)

ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(5)ー診察ー』(山内義雄訳)

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時は1913年。第4巻から3年の月日がたった。

32歳になったアントワーヌは医師として充実した日々を過ごしていた。第5巻はそんなアントワーヌのある一日を描写したものとなっている。アントワーヌの自宅兼診療所には、診察を求めて次々と患者が訪れる。この巻に弟のジャックは登場しない。彼は難関エコル・ノルマルに優秀な成績で合格したにもかかわらず、学校には行かず、そのまま行方不明となってしまった。なぜ再び家出をしてしまったのか。その理由はまだ明らかにされていない。

5.診察
チボー家の人々』第5巻のあらすじを紹介する。
上記のとおり、この巻は精力的に働くアントワーヌのある一日を描写したものである。平和な日々。だが翌年には第一次世界大戦が起こり、世界は地獄に突き落とされる。そのことを今は誰も知らない。


アントワーヌが診察した患者を時系列に並べる。
・ロベール(15歳)とその弟(13歳)。ふたりに親はない。弟は印刷工場でこしらえた傷口が悪化してわきの下まではれ上がっている。アントワーヌに診てもらいたい一心で訪ねてきた。アントワーヌは弟の傷口を切開してやり、手当てを施してやる。


・チボー氏。頑迷だったアントワーヌの父親(78歳)は癌に犯され、病床に伏している。看護婦のセリーヌがかいがいしく世話をしてくれている。


・エッケとニコルの娘(2歳)。急性耳炎からさまざまな併発症が起き重体。アントワーヌは、師匠のフィリップ博士とともにエッケの自宅に訪れるが(この娘だけ往診に行っている)、もう助からないと判断する。


・ユゲット(13歳になるかならないか?)。バタンクール夫人の娘。結核の兆候があらわれている。いずれ現れてくるであろう骨格の炎症、カリエス性の脊椎崩壊のことを考えて、向こう何か年かはギプスをはめなければならないだろう。


・リュメル(40歳過ぎ)。外交官。なんの病気かはっきり書いていないが、体にかなりの痛みを抱えている。今まで不和だったドイツとオーストリアが急接近しつつある外交の内情を話す。ヨーロッパ全土は自動的にバルカン紛争に巻き込まれるのではないかというのだ。第一次世界大戦がすぐそこまで迫っていることがさりげなく示される。


・ジゼール(19歳)の部屋。彼女は患者ではない。ジゼールはチボー家の家政婦ヴェーズ嬢の姪っこだ。両親を亡くしたジゼールをヴェーズ嬢はチボー家で育てた。アントワーヌやジャックにとっては妹のような存在だ。
だが、今やアントワーヌはジゼールを女性として意識しており、彼女に求婚している。しかしジャックを愛しているジゼールは首を縦にふらない。ジャックは行方不明になってしまったが、彼女は彼がどこかで生きていると信じているのだ。


・エルンスト氏(60歳くらい?)とその子供。エルンスト氏は、子供の言語障害が、自分が以前かかった梅毒によるものなのではないかと考え、妻にも打ち明けられず、ずっと苦しんでいた。しかし、アントワーヌはエルンスト氏の告白を一笑に付す。親の梅毒が原因で子供が言語障害になることなどあり得ないからだ。「じつにばかばかしい限りです!」というアントワーヌのことばに、エルンスト氏の無限の感謝のまなざしを向ける。アントワーヌに歓喜の感情がわきおこる。


・再び、ロベール少年とその弟。エッケの家に行く途中、彼らの様子を見に行く。弟はすっかり元気になった模様だ。


・エッケの家。2歳の娘は断末魔の苦しみにあえいでいる。エッケ夫人(ニコル)は疲労困憊だ。「なんとか・・・なんとかしてやらなければならん。このまま苦しませて何になろう?」。エッケは友人ステュドレルとともに、自分の娘を安楽死させてくれないかとアントワーヌに頼む。
アントワーヌはこの頼みを突っぱねる。しかし、なぜ突っぱねたのかは彼自身にもわからない。自分の選択が何によってなされたのだろうか。アントワーヌは自分自身に問いかけるが、その答えは見つからない。

《おれは生きている》と、彼は考えた。《これこそはひとつの事実だ、言葉をかえて言えば、おれは不断に選択し、行動している。よし、だが、ここからやみがはじまっている。すなわち、その選択なり、その行動なり、それははたして何の名によってなされるのか?》(P141-142)

 

・アントワーヌ、自宅に帰宅する。台所では、雌猫が絶望的な声で鳴いていた。彼は今朝、家番の息子レオンと交わした会話を思い出す。雌猫が7匹も子猫を生んだ。1匹は姉が欲しがっているという。だが、あとの6匹は・・・。
アントワーヌは、くずかごの中をのぞいてみた。からっぽだった。

《いいか、みんな水につけて殺しちまうんだ》自分がそう言いつけたのではなかったろうか?しかも、これまた生き物にちがいないのだ・・・どこに区別の理由がある?いかなるものの名において?(P153)

何かを決定するとき、それは「いかなるものの名において」なされるのだろうか。人間が自分自身の意志で決定したり選び取ったりしているものは、意外と少ないのではないだろうか。表面上は自分の意志で選び取ったように見えても、実は何ものかに決定させられ選び取らされているのではないだろうか。
アントワーヌの自宅には伝言が届いていた。エッケの娘が亡くなったという。

次巻では、ジャックが何を考えて家を出たのか、手掛かりをつかむことができる。
(第6巻につづく)

 

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