こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

「人は、すべての過去に結びつけられている。」/ロジェ・マルタン・デュ・ガール著 『チボー家の人々(6)ーラ・ソレリーナー』(山内義雄訳) 

ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(6)ーラ・ソレリーナー』(山内義雄訳)

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行方不明のジャックは、「ラ・ソレリーナ」(イタリア語で「妹」)という小説を変名で雑誌に発表していた。その雑誌からアントワーヌはジャックがスイスのローザンヌにいることをつきとめる。ジャックが行方不明になってからすでに3年の月日がたっていた。アントワーヌ32歳、ジャック23歳だ。

6.ラ・ソレリーナ
チボー家の人々』第6巻のあらすじを紹介する。
チボー家の大黒柱チボー氏は、癌のために激痛に苦しめられ、次第に気弱になっていく。権力と名誉と金を手に入れ傲慢だった以前の面影はなく、今では家政婦のおばさんに、子供のように歌を歌ってもらうことを楽しみにしているひとりの老人にすぎない。
チボー氏はある日、アントワーヌに向かって、行方不明のジャックのことを口にする。チボー氏はジャックが自殺したと思い込んでいるのだ。

そのほか、まだ言っておきたいことがある。ジャックの死んだことについてなのだ。かわいそうなやつだった・・・このわしは、為すべきことをすっかりしてやっただろうか?・・・わしは、厳格にしてやろうと思った。そして、あまりにも峻厳にすぎたのだった。おお主よ、わたくしは認めます、わたくしは子供にたいしてあまりにも峻厳にすぎました・・・わたくしは、ついぞ子供から信頼を得ることができませんでした・・・(P39)

そして「わしは息子を守ってやれなかった!自殺したのはユグノープロテスタント)のしわざだ。あいつらがそそのかしたんだ!」とフォンタナン一家をなじるのである。


そんなある日、アントワーヌの家に一通の手紙が届く。あて名はなんと「ジャック・チボー殿」だ。差出人は大学教授で詩人のジャクリール。手紙の内容は、ジャックの書いた小説に対するジャクリールの感想だった。ジャックは生きていて、どこかで小説を書いているのだろうか?手がかりをつかむべく、アントワーヌは早速、ジャクリール教授に会いに行く。
ジャクリールはアントワーヌに、スイスで刊行されている一冊の雑誌を提示する。その中に掲載されていた作品『ラ・ソレリーナ』。作者はジャック・ボーチー。ジャクリールはジャックが書いたものだと推測し、アントワーヌの家に感想を書き送ったのだ。
アントワーヌは、『ラ・ソレリーナ』をジャクリールに借り、ビアホールで読みふける。それは小説の形をとった「実話」であった。ジウゼッペというイタリア人が主人公だが、どう考えても、これはジャック本人のことだ。プロテスタントのイギリス人女性、シビルとの恋。シビルとはジェンニーのことだろう。ダニエルやフォンタナン夫人を思わせる登場人物も出てくる。
チボー氏を思わせる人物、セレーニョに対しては辛辣な書きっぷりだ。

そうだ、憎悪と反抗と。ジウゼッペの過去はこれに尽きる。彼にして若かりし日を思うとき、復讐の気持ちが燃えあがる。きわめて幼いじぶんから、彼のあらゆる本能は、それが形を取るにしたがい、すべては父にたいする戦いだった。(P85)

アントワーヌは現在の気弱な老人でしかないチボー氏の姿を思い浮かべ、なにかやりきれない気持ちになってしまう。一方、自分のことはどう書いてあるのかと気になって探すと、ジウゼッペの兄らしき人物も登場する。彼は「毒にもならない話ばかりしている」のである。当時アントワーヌはラシェルに夢中だった。ジャックのことなど眼中になく、腹を割った話もすることがなかったことを思い返し、「俺が悪かったんだ」とアントワーヌは反省する。
ジウゼッペは家出をした理由についても触れられていた。ジウゼッペはシビルとの婚約を父親のセレーニョに告白した。ところがプロテスタントとの付き合いを認めない父親と大喧嘩になり、彼は「自殺してやる!」と家を飛び出したのである。
『ラ・ソレリーナ』には、それ以上にショッキングな出来事が書かれていた。ジウゼッペは実の妹に愛を告白され、肉体関係を結んでしまったというのだ。血のつながりがないとはいえ、チボー兄弟と妹のように暮らしてきたジゼール。この小説はジャックとジゼールが肉体関係を結んでしまったことを意味しているのだろうか。ジゼールに求婚していたアントワーヌは動揺する。
果たしてこれらは本当なのだろうか。

その後、アントワーヌは探偵事務所に依頼して、ジャックの居場所を突き止める。ジャックはスイスのローザンヌで新聞社に記事を書いたり、校正の仕事をしたりして生計をたてていた。そして、とある革命集団の中に居場所を見つけ、みんなの尊敬を集める立場にもなっていた。それは革命の中心人物としてではなく、人の話を虚心坦懐に聞いてくれるという点においてだが。ジャックの周りには革命を志した、さまざまな国籍の若者が集まっていたが、ジャックの知性には一目置いているようだった。
ジャックはアントワーヌがいきなりやってきたので驚き、「なんのご用?」とすっとぼける。「お父さんが危篤なんだ。もう臨終にまがないんだ。それできみを呼びに来たんだ」とアントワーヌは単刀直入に告げる。ジャックは過去がいやおうなしに自分の生活の中に侵入してくるように思われ苦しさを感じるのだが、彼はその日の晩の特急でアントワーヌとともに家に向かうことに応じる。

ジャックは『ラ・ソレリーナ』が実話をもとにしたフィクションだという。ジゼールとジャックが肉体関係を結んだことを疑わせるくだりについても、ジャックははっきりと否定する。「そんなことがあり得ると思う?」。ジャックにとって彼女は妹以外の何者でもないのだ。
チボー氏とジャックが口論をしたのは本当のことらしい。だが、家出の原因はそれだけではない。作家になりたいと考えていたジャックは「エコル・ノルマルで三年間勉強するのはムダなのではないか。真の感情がそらされてしまうのではないか」と思い悩み、ジャクリール教授に相談しに行ったのだという。詩人として、ジャクリールを尊敬していたからだ。
しかし、教授は周囲の青年たちから批判されることを恐れる俗物に過ぎなかった。ジャックは教授を「にせもの」だと見抜いてしまう。相談しにきたのが無駄だったと知り、ジャックは席を立ち玄関に向かう。すると背後からジャクリールの声が聞こえた。「ごらんの通り、わたしはからっぽだ。もうおしまいの人間なのだ」と。ジャクリールはジャックの肩をたたくと、何かにつかれたようにまくしたてる。

わたしに用とおっしゃるのか!なにか助言を?よし、これだ!書物を捨てるがいい。本能のままにやりたまえ!すなわち、ひとつのことを学ぶのだ。(中略)どこかの新聞社にはいる。そして雑報の種をあさる。わかるかな?わたしはけっして狂人じゃない。雑報ですぞ!世間めがけてのダイヴィングだ!きみのあかを落とそうと思えば、これほりほかに道はない。朝から晩まで駆け歩くのだ。事故であろうと、自殺であろうと、訴訟事件、社交界のできごと、淫売宿での警察ざた、どれひとつとして逃してはならない!目をあける!文明の引きずっているすべてのもの、良きも悪しきも、思いもよらないようなもの、二度とあり得ないというようなもの、すべてにしっかり目をあける!そうしたあとで、人間なり、社会なり    またあなた自身なりにたいして、はじめて口がきけるのだ!(P197)

頭で考えるのではなく、からだを通して考える。これはジャックの腑にすとんと落ちたようだ。ジャクリール教授のことばはジャックの背中を押すことになった。

 

ジャックの激しさは、自らの自由を守るために、誰の力も借りようとしないところにある。父親が亡くなった時も、遺産の受け取りを一切拒否している。親の遺産をもらえば、自由が阻害されると感じているからだ。
一方、ジャックは否応なしに過去に縛り付けられている自分を感じていた。家に帰る汽車の中、ジャックはひとつの考えに心を揺さぶられる。

彼はいま、自分がたちまち、われにもあらずこの兄に、終始かわらぬこの友に、さらに進んでは、兄を通じてすべての過去に、結びつけられかけているのを感じた!きのうまで、越えがたいみぞを持っていたのに・・・それが、わずか半日で・・・彼は、こぶしを握り、首をたれ、そのまま口をつぐんでしまった。(P219)

次巻ではついにチボー氏が亡くなる。安らかには死ねず、断末魔の苦しみの末に死んでいく姿が描写される。そこで再び出てくるのは安楽死の問題だ。人の命を守るとか奪うとか「いかなるものの名において」判断することができるのだろうか。

(第7巻につづく)

 

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