こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

「普通の人々が、どのように戦争に引き込まれていったのか。そのリアルさに震える」/ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(10)一九一四年夏Ⅲ』

ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(10)一九一四年夏Ⅲ』(山内義雄訳)

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フランス国民の大多数は戦争反対だった。誰しも戦場で殺し合いなんてしたくなかった。ところがいつの間にかずるずると戦争に引き込まれ、「領土保全のためなら仕方ない」または「正当防衛のためなら仕方がない」と考えるようになる。最後の砦だったインターナショナルの闘士たちも次々と寝返っていく。

普通の人々はこのように戦争に巻き込まれていくのかと、読者自らが追体験できる。正直言って怖い。



10. 一九一四年夏Ⅲ
チボー家の人々』第10巻のあらすじを紹介する。

ジャックはメネストレルの指令でベルリンに向かっていた。オーストリアの将校、シュトルバッハ大佐がベルリンの陸軍省を訪れている。ジャックの任務は、シュトルバッハが持っている秘密文書を手に入れ(といっても、トラウテンバッハという盗人がうまく手に入れてくれることになっているのだが)、ブリュッセルにいるメネストレルに渡すことだ。かなり危ない仕事だが、ジャックはベルリンを無事に通過し、秘密文書をメネストレルに渡す。

メネストレルはホテルの部屋でひとり、秘密文書とにらみあっていた。秘密文書とは何か。それは今にも勃発しそうな戦争を吹き飛ばしてしまう可能性のある爆弾だった。「シュトルバッハ文書」は、ドイツ軍部とオーストリア軍部が通謀し、戦争準備を着々と進めてきた事実を伝えていた。オーストリア皇帝は戦争反対だった。ドイツ皇帝もドイツ宰相も戦争はやりたくない。それなのに、政府の思惑をすっ飛ばして、軍部が暴走してしまったのだ。すべては始めから仕組まれていたのである。
この事実をインターナショナルの指導者たちが知ればどうなるだろうか。社会主義者たちの脅迫の前に、ドイツはオーストリアに差し出しかけた手を引っ込めるかもしれない。オーストリアはドイツの支持を失ってまで戦争をする勇気はない。そうなれば、オーストリアも外交上の駆け引きで満足せざるを得ない。世界戦争は回避されるだろう。


だが、革命家のメネストレルはこの文書を握りつぶしてしまうのである。「革命には戦争による混乱が必要だ」という信念があるからだ。メネストレルはこの秘密文書を焼き捨ててしまう。戦争を阻止するための切り札は、あっけなく消え去ってしまうのだ。

誰も戦争なんてやりたくない。特に民衆は誰もやりたくない。それでも「仕方がない」と諦めが周囲になんとなく広がり、誰もが戦争に引きずり込まれていく様が、この本ではあまりにもリアルに描かれる。

ジャックは戦争に絶対反対の平和主義者だ。ゼネストによって戦争拒否の意思を示すことで、なんとか戦争を阻止したい。だが、インターナショナルも一枚岩ではなかった。正当防衛による戦争に賛成派と反対派に別れて議論ばかりしている。それでもインターナショナルフランス支部の指導者であり『ユマニテ』紙主筆のジョーレスはまだまだ元気で、戦争阻止を叫んでいる。彼こそがジャックの心の救いだ。

フランスに帰国したジャックはアントワーヌを訪ねる。兄の家では、医者仲間のスチュドレル、ロワ、ジェスランたちが戦争について議論を戦わせていた。戦争だけは絶対にやってはならないというジャックに、ロワは「敵に攻めこまれて国土を占領されても?」と皮肉を浴びせる。すぐさまドイツに、ムーズ県だのノール県だの、いろいろあげたらどうですか。ドイツが欲しがっている海への出口も添えたらどうでしょうかと。
このことばにジャックは反撃する。

労働者や鉱夫たちの大部分は、そうすることによって彼らのみじめな生活を本質的に変えられるでしょうか?そして、彼らにたずねてみたとしたら、大部分のものが、戦場での名誉の戦死などより、そのほうがいいとは言いますまいか?(P196)


僕にはよくわかっているんです。あなたは、戦争と平和とを、国家生活における正常的な振子の運動のように考えておいでです・・・おそろしいことです!・・・そうした非人間的な振子の運動、それを絶対にとまらせなければ!(中略)戦争は、何ひとつ、人間の生活問題を解決しません!何ひとつ!それは、働くもののみじめな状態を、さらにはげしくするだけなのです!(P196)

 国民の大多数は戦争なんてやりたくないと思っている。そうした個人の主張を犠牲にして、「何の名において」、国民に服従を強いなければならないのだろうか。
すると、アントワーヌが言うのだ。「社会契約の名において」と。

われらは、個人としては、弱く、孤立していて、何も持っていないんだ。われらの力にしても   われらの力の大部分、そして、われらがそうした力を有効につかわせてもらえているというのも   それは、われらをまとめ、われらの活動力に秩序をあたえてくれている社会的集団のおかげなんだ。(P204)


われらはすべて国家的共同体の一員だ。(中略)これは好ききらいの問題ではない。事実の問題なんだ・・・今後人間にして社会生活をつづけていくかぎり、そうした社会にたいし、かって気ままに自分たちの義務から解放されようなどと考えることはゆるされないんだ。自分たちを保護してくれ、自分たちをその恩沢に浴させていてくれるそうした社会にたいして(P204)

 国家は個人を守ってくれる。権利だけ享受しておいて、都合のいいときだけ「義務を果たすのはいやだ」はないだろう、という理屈だ。
ジャックは徴兵拒否する心づもりだと告げる。しかしこの本を読むと、徴兵拒否はかなりの勇気がいることがわかる。政府に要注意人物としてマークされる恐ろしさもあるが、それよりも、自分の肉親や友人に責められることの方がつらい。一度戦争に傾いたら、「普通の」人間は従わざるを得なくなってしまうのだ。

そして、最後の頼みの綱のジョーレスもジャックの目の前で凶弾に倒れてしまう。(ちなみに、反戦派の希望であったジョーレスが凶弾に倒れたのは史実だ。)

それはフランスに動員令が発令される前日のことだった。


(第11巻につづく)

 

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