こだいらぽんたの読書日記

古典多めの読書日記です。名作映画100選もあります。

「死が身の回りから遠ざかっている今だからこそ、この本を読んでもらいたい。」 ロジェ・マルタン・デュ・ガール著 『チボー家の人々(11)一九一四年夏Ⅳ』

ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(11)一九一四年夏Ⅳ』(山内義雄訳)

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「一九一四年夏」の最終巻だ。
なぜ戦争は起こるのか、なぜあらゆる反戦勢力は敗れたのか。初めは戦争反対だった大多数の国民が、「自分の国は自分で守れ!」と、ナショナリズムの嵐が巻きこまれていったのはなぜなのか。この本を読めば当時の疑似体験ができる。一度ドミノが倒れてしまったら、あとは引き返せないのだ。

11. 一九一四年夏Ⅳ
チボー家の人々』第11巻のあらすじを紹介する。

1914年8月1日。フランスでついに総動員令が発動された。8月2日日曜日をもって動員発令第1日目とする。外国人は8月2日までにフランスを退去しなければならない。
ジャックは兵役につくつもりなどさらさらない。スイス国籍の偽パスポートを持っているので、恋人のジェンニーを連れて国外退去するつもりだ。だが、そのあとは?スイスに逃げた後、何をすればいいのか?「自分の生活、自分の意志、自分の確信を行動にあらわさないかぎり、そこにはなんの意味もないのだ」と、ジャックは考える。

フランスを立つ前に、兄アントワーヌに会っておかなければと思い、ジャックは兄の家に向かう。アントワーヌは動員発令第1日目にコンピエーニュに向かうことになっていた。
アントワーヌは、ジャックとジェンニーの仲を打ち明けられ仰天する。ふたりでスイスに向かうだって?しかもこんな時に。アントワーヌはジャックに「きみは、ほかの人間を幸福にするには根本的に不適任だ・・・根本的に!」とはっきり告げる。ジャックの持つ思想は、ジャック自身のみならずジェンニーにも危険を及ぼす。アントワーヌのことばに、ジャックは激昂する。「あなたは一個の冷血漢だ!あなたは、一度も愛したことがない!これからだって、ぜったい愛したりはしないだろう!」

最後の最後まで、ジャックは「兄さんにはわからないんだ!」という台詞を言い続けるのだ。

だが、ここまで激しいことばのやり取りをした後でも、やはり血の通った兄弟だ。翌日の朝、ジャックはひょっこり家に現れ、アントワーヌを駅まで送る。

それはまさにジャックだった。彼は入口のところに立ちどまった。アントワーヌは、ぎこちないようすで前へ進んだ。感動のあまり、ふたりは、声が出なかった。ふたりは黙ってたがいに手と手を握りあった。さもきのう、何ごともなかったとでもいうように。(P103)

ふたりはまた会えるだろうか?心の中に家を中心とした、どうということのない様々な出来事がふたりの胸に浮かぶ。そして、ふたりは駅でぎこちないようすで抱き合って別れを告げる。

一方、ジェンニーも母親と対決せざるを得ない。フォンタナン夫人がオーストリアから帰ってきていた。彼女はピストル自殺した夫に対する告訴を取り下げることに成功していた。

もちろんフォンタナン夫人はジェンニーに思いとどまらせようとするが、ジェンニーの意志は変わることなく、荷物をまとめて家を出てしまう。だが、家でひとりで泣き崩れているであろう母親のことを考えると、ジェンニーの心は揺れ動く。そして、待ち合わせの場所に現れたジャックに、「私はお母さんをおいては行けない」と告げるのだ。


ところがジャックは、落胆するどころか、「これで自由になれた!」と思う。これで心おきなく自分の使命を遂行できる。これでかんたんになったのだ、と。

ジュネーブに着いたジャックは、自分の計画への協力をあおぐため、メネストレルを訪れる。彼の計画にはメネストレルの人脈が必要なのだ。
ジャックの計画とは、アルザス戦線の上空を飛行機で飛び、独仏両軍に向かって、両国語で書いたアジビラを何千何万とまくことだった。「反抗せよ!彼らのために命をささげることを拒んでやるんだ!人を殺すことを拒んでやるんだ!」と、前線の人間に呼びかければ彼らも心が動くに違いない。
その計画を実行するために、飛行機の操縦を数日間だけ教えてもらいたいというジャックを制して、メネストレルは自分が操縦することを申し出る。恋人のアルフレダがメネストレルのもとを去ってから、彼は腑抜け状態だ。彼もまた、死に場所を求めているひとりだ。バーゼルへ行き、国境から飛び立てば、すぐにアルザスの上に出られる。それまでにビラの原稿を用意し、フランス語とドイツ語に翻訳し、印刷所で印刷しなければならない。飛行機はメネストレルが用意してくれる。

ジャックはバーゼルに向かう列車の中で、アジビラの原稿を書いていた。このときのジャックの脳裏をさまざまな思いがよぎる。彼はアントワーヌやジェンニーやダニエルのことを思う。しかし今や、彼らは自分とは違った世界の住人だった。彼らは「生きている世界」であり、これからも人生の旅を続けていく人間なのだ。

おれには、戦争をせきとめることなぞできやしまい・・・誰も助けることなんかできやしまい。助かるのはおれだけなんだ・・・だが、おれだけは、なすべきことをやってのけ、自分自身を助けるのだ!(P232-233)

ジャックはいつも「ここではない、どこかへ」の逃亡を繰り返していた。そして、最後は死への逃亡が待っている。

彼は、すでに恐怖を乗り越えてしまっていた。見せかけの強がりをすて、思いつめた、酔うような、身のしまるような悲しみの気持ちで、その呼びかけにこたえていた。こうした意識的な死、これこそは人生の完成なのだ。これこそは、自分自身にたいしての忠実さ・・・反抗の本能にたいしての忠実さの、究極の行為にほかならないのだ・・・彼は、子供のころから、いつも《否!》と言いつづけた。それこそは、彼にとり、ただ一つの自己確認の方法だった。人生にたいする否ではなかった・・・社会にたいする否だった。ところが、いまこそ最後の否、すなわち生きることにたいしての否なのだ・・・(P252)

このくだりは胸を打つ。どの部分を引用したらいいかわからないほどだ。ジャックがバーゼルで、自分が徹底的にひとりぼっちだと感じる場面も素晴らしい。完全なひとりぼっちの尊さと力を、ジャックはたまらないと感じている。

これでいよいよ重荷がおろせる・・・、あの、うるさい、腹の立つような世間とのおつきあいもこれで終わりだ!しちめんどうな、腹の立つような自分自身とのおつきあいもこれで終わりだ・・・彼は、なんの心のこりもなく、生のことを思っていた。生のこと、そしてまた死のことを・・・(P248)

ジャックとメネストレルは、飛行機にアジビラを積み、アルザスに向けて飛び立った。しかし、ついに反戦ビラは撒かれることはなかった。

アルザスの上空で発動機が止まり、飛行機はまっさかさまに墜落してしまうのである。飛行機は地面に叩きつけられ爆発を起こし、メネストレルは焼死。ジャックは大やけどを負い、舌はちぎれ、瀕死の状態となってしまう。
何事かと駆けつけたフランス軍に、ジャックはドイツ軍スパイの容疑をかけられ、担架で連れまわされてしまう。あまりの苦しみに、そのまま死なせてほしいとジャックは願うのだが、なかなか思うようにはいかない。
その後、ドイツ軍の攻撃を受け、フランス軍はパニックに陥る。担架に積んだ「お荷物」など運んでいる余裕などない。早く逃げなければ。「ばかやろう、かたづけちまえ!つかまえられなくなかったら、きさまも早く逃げ出すんだ!」の声に、一度も人を殺したことのない兵隊が、震える手で銃を持つ。そして、ジャックの頭めがけて発砲するのである。

ジャックは25歳だった。

まだまだ第一次世界大戦は始まったばかりだ。4年間もの長期戦になると、この時誰が予想しただろうか。

(第12、13巻「エピローグ」につづく)

 

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